「いや、違うよ。家とはだいふ離れていた。あっちの方に行ったのは、あの日が初めてだったんじゃないかな」

「……あの日?」

「交通事故が起こった日のこと。子供だと生活範囲は狭かったからね。遠足でもないとあっちのほうまではいかないから」 

 遠足?
 橘先輩はさっきから何を言ってるの?まるで、事故に遭ったバスに乗っていたみたいな言い方だけど。

「ま、まさか」

「きみと違って、ぼくはあのときのことを、はっきりと覚えている。衝突音も、バスの揺れ方も、クラスメートの悲鳴も、そして、燃え上がる車内の光景も」

 嘘だよね。そんなこと、あり得ないよね。

「そんな偶然、あるわけがないときみは思っているのかもしれない。たまたま付き合った二人の過去に共通する事件があった、となると確かになかなかないことかもしれない。でも、最初からきみがあの事故の関係者だとぼくが知っていたとしたらどうだろう。この街の比較的近くで事故は起こり、高校には様々な中学から人が集まる。ぼくときみが同じ高校に通っていること自体は不思議なことじゃない」

 橘先輩は本当のことを言ってる。わたしにはわかる。これは冗談じゃない。

 逃げたい。この場所から。橘先輩がわたしに告白した理由がなんとなくわかったから。

「どうやってわたしのことを知ったんですか」

 でも、ここからわたしは立ち去ることはできない。そんなの、許されることじゃない。

「ぼくがきみのことを知ったのは、母親から名前を聞いていたからだよ。うちの母親はあの事故の後、探偵を雇ったんだ。どうしてもきみのことが許せなかったらしく、新しい家族に迎えられたきみを追跡させた。だからぼくはきみの名前も住所も知っていたんだ」

 まさか、あのとき、わたしに声をかけてきた女性というのは、橘先輩のお母さんなの?