「やっぱり、橘だ。さっき目が合ったよな。いやぁ、久しぶりだなぁ」

 馴れ馴れしく話しかけているのを聞くと、橘先輩の知り合いらしい。久しぶりというと、中学のときの友達かな?

「和久井か」

 橘先輩がぶっきらぼうに呟く。あれ、そんなに親しくはないのかな?

「おまえ、こんなところでなにしてんの?」

「見てわかるだろ。食事だよ」

「そっちの女はなんだって、聞いてるんだよ。もしかしてデートか。おまえ、女子と付き合えるようになったんだな」

「ここレストランだぞ。黙って席につけよ」

「そんな邪険にするなよ。昔は一緒にタバコを吸った仲じゃないか」

 タバコ?橘先輩が?
 そんなの嘘だよね。二人にしかわからない暗号みたいなものかな。

「食事をする気がないなら、さっさと出ていけよ。店に迷惑がかかるだろ」

 橘先輩の口調はきつめだった。友達に対するそれとはずいぶん違っていた。

「じゃあ、おれも隣に座っていい? 腹減ってるんだよね」

「別のところ行けよ。他の席、いくらでも空いてるだろ」

「いや、そういうわけにもいかないんだよ。久しぶりに悪魔くんと話してみたくてさ」

 悪魔くん? いまこの和久井っていう人、橘先輩をそう呼んだんだよね。

 でも、悪魔?なんで?

 ドンッとテーブルを叩く音。そして。

「和久井っ」

 橘先輩が鋭い声を発し、和久井という男性をにらんだのがなんとなくわかった。

「おおっと、そんな怒るなよ。いまだに気にしてんのか?」

「……」

「そっちの彼女、なにも知らなさそうだな。だからキレてんのか。おまえらが付き合ってるんなら、どうせいずればれることだろ」

「……和久井、おまえは学校をやめたって噂を聞いたが、あれは本当なのか」

 橘先輩の口調は落ち着いている。それは冷静というよりも、無理矢理感情を押し込めているといった感じだった。

「そうだけど、あ、ちゃんとフリーターって言ってくんないかな」

「おれはおまえみたいな中途半端な人間じゃない。おまえもそろそろ大人になれよ。他人のことに口出ししてる暇があるのなら、自分の将来をもっと真剣に考えたらどうだ」

「へぇ、言うじゃないか」

「あの頃の自分はもう捨てたんだ。おまえとの関係も切れてるんだよ」

「人はそう変わらないと思うけどね」

「……そんなにここに座りたいのなら、勝手に座ればいい。もうおれたちの食事は終わったから、出ていくよ」

 橘先輩が席を立つ。
 一人で会計のほうに向かう。わたしも慌てて立ち上がり、その後を追った。