「平気ですよ。少し疲れたくらいです」

 本音を言うと、疲れたとか考える余裕もなかったんだけど。

「そっか。もし辛かったら正直に言ってよ。すぐに帰るからさ」

「これからの予定とかあるんですか?」

「なにも決めてない。篠崎さんはどこか行きたいところある?」

 そんなことを聞かれても、デートするだけでも精一杯のわたしにはなにも思い浮かばないし、この街にどんな施設があるのかすらわからない。

 こういう場合マンガだったら……とか考えてしまっている自分が悲しい。

「とくに目的もないのなら、しばらくここで休んでいこうか。それでもいい?」

「ええ」

 わたしたちは食事をしながら、何気ない会話を続けた。
 といっても、わたしが質問をするのほうが圧倒的に多かったのだけれど。

 だって趣味とか聞かれても、答えづらい。目が見えないことを前提にしないと矛盾してしまうから。

「篠崎さんは将来の夢とかあるの?」

 さすがにわたしも聞くことがなくなった頃、橘先輩からそんな質問を受けた。

「将来の夢、ですか?」

「そう。目が見えないといろいろと大変かもしれないけど、だからこそこれを目指したいっていうものがあるのかなって」

 橘先輩も三年生。だから他人の将来のこととか気になるのかもしれない。

「わたしは普通の生活ができれば充分です」

「普通の生活?」

「はい。安定した生活が一番だと思います」

 おじさんとおばさんのためにも、と心のなかで付け加えた。

 元々、わたしには目指しているものなんてない。
 昔は漫画家なんかになりたいなとは思っていたけど、現実的な夢だと意識したことはなかった。