橘先輩が一歩、こちらに近づいて、わたしの顔を覗き込むようにする。
わたしの体はビクッとなったけど、どうにかその場にとどまることができた。

「鏡に映る自分が本当の自分とは限らないんだよ。人の魅力というものは、誰かと向き合ってはじめてわかるものなんだ。細かな表情の変化や話し方、距離の取り方とか雰囲気、そういうものを含めたすべてで判断されるものなんだ。鏡ではそういうこと、わからないよね」

いや、でもだから、わたし、橘先輩としゃべったことないんですけど。いきなり告白をされたんですけど。

「それで、返事はどうかな」

「あの、その、わたし……」

どう答えればいいんだろう。
いまだに気持ちの整理がついていない。
嬉しいことは間違いないけれど、でも、学校でも有名なイケメン先輩と付き合うなんてどうしても想像ができない。

「もしかして、ぼくのことが嫌いなのかな?」

「そ、そんなことありません!」

わたしはブンブンと首をふった。

「じゃあ、他になにか不満が?」
「不満というか、突然すぎて驚いているのと、あとわたしなんかじゃ、橘先輩とは不釣り合いなんじゃないかなと」

わたしと橘先輩が付き合ったりすれば、反発する女子は必ずいる。

相手がすごく美人だったならやがて仕方がないと諦めもつくだろうけど、わたしみたいな交際ゼロの地味女だったらそうはいかない。
わたしにだってそれくらい、わかる。

「きっと、怒る人もいるはずです。あんな女、ふさわしくないって」

「ぼくが聞きたいのは周囲の反応じゃなくて、篠崎さん本人の気持ちなんだよ」

それはもちろん、わかっている。ああ、わたしは混乱している。
ここで橘先輩を振るのは失礼だし、告白を受け入れるのもなんだか怖い。どっちに進んでもわたしにとっては地獄のような感じさえする。

「なんか、困らせちゃってるみたいだね。ごめん。本当だったら、もっと時間をかけて距離を縮めるべきだったのかもしれないね」

「あの、わたしを好きになったきっかけというものを聞いてもいいですか」

「……昔からの知り合いだって言ったら、驚くかな?」

「え?」

橘先輩はかすかな笑みを浮かべている。冗談ってことかな? そうだよね。

「……やっぱり、突然告白されても、すぐに答えを出すのは難しいよね」

「そ、そうですね」

「そっか。じゃあ、ぼくもしばらく待つよ。数日考えた後、答えを出してもらえるかな」

橘先輩は「じゃあ」と軽く手を振ると、屋上を後にした。