「兄さんは大学時代に付き合ってた彼女の気を引くために、自分は資産家の息子だって嘘を言ってたらしいんだ。そうしたらある日、彼女から高級なお寿司屋に行きたいって言われて、ここに連れて来たみたいなんだ」

「でも、お兄さん、そんなにお金持ってなかったらしいの。それで慌ててすべてを白状したらしいのよ」

そんな話、わたしは初めて聞いた。本当の両親が死んだのはわたしが小学生のときだから、本人たちから聞けなかったのも当然ではあるけれど、おじさんとおばさんもあまり話したがらなかったし、わたしも無理に催促したりすることもなかった。

「そんなことあったんだ。でも、それがプロポーズとどう繋がるの?」

「このお店の代金は彼女が肩代わりしたらしいんだよ。その時点で兄さんはもうだめだと諦めたらしいんだけれど、店を出たあと、彼女からこう言われたらしいんだ。今日の分は働いて返してもらうからねって」

「逆プロポーズだったのね」

これも初耳のことだった。そこまでお父さんはお母さんのことが好きだったってことかな。
お母さんはちょっと気が強そうな感じ。どんな両親だったのか、少しだけわかったような気がした。

「この話は結婚してからも繰り返し聞かされたんだ。そのたび、兄さんは苦笑いを浮かべながら、金はもう返しただろうと言っていた。そんなやり取りをする二人がとても幸せそうで、わたしはいまも昨日のことのように思い出すんだ」