記憶が戻る戻らないは自分で選ぶことはできないけれど、正面から見つめ直すことは可能。

 橘先輩とこれから少しずつ前に進まないといけない。それがわたしの責任だった。

「そろそろ部屋に戻ることにするよ。両親が面会に来る時間だから」

「あ、じゃあ、わたしは帰りますね。両親も待たせてますし」

 この病院は自宅からは結構離れていて、簡単に通えるところではなかった。
 最初は電車なんかを使っていたけれど、最近は両親が車で送ってくれる。
 年寄りだから病院に用事があるんだといって。本当かとうかはわからないけど。

 おじさんとおばさんのことをお父さん、お母さんと呼び始めたとき、二人はとくに反応を示さなかった。

 まるで前からそういう感じだったという感じで受け入れてくれた。
 まだまだ家族と呼べるほどの関係ではないけれど、きっといつか誰が見てもそう呼んでくれる日がくるはず。

「篠崎さん」

 病院の出入り口で別れようとしたわたしを、橘先輩が呼び止めた。

「実はさ、伝えたいことがあるんだ」

「ありがとうはもういいですよ」

「もっと大事なことだよ」

「なんですか?」

 わたしがそう尋ねると、橘先輩は空を見上げるようにした。

「二人で行きたい場所があるんだ。そこで伝えることにするよ」

 わたしたちにはまだ、乗り越えるべき壁がある。
 同じものを共有しているからこそ、二人でしか挑めない過去がある。
 いつかわたしたちは立ち向かわなければならない。
 それはきっと、遠くはない未来のことだと思う。

「だから、退院するのを待っててよ」

「はい」

 とわたしはいった。

 夏の日射しが一瞬、和らいだように思えた。