来栖先輩はまもなく逮捕された。
 道路には指紋と橘先輩の血がついたナイフが投げ捨てられたいたので、言い逃れすることも不可能だった。
 医者のお父さんの権力も通用しなかったみたいだった。

 梨子ちゃんの遺書は、家族に断った上で警察に提出した。こちらはまだ捜査が続いているので、どうなるかはわからない。

 橘先輩は幸い、命に別状はなかった。
 内臓なんかも傷ついていなかったので、比較的すぐに退院できるそう。

 とはいっても、軽傷というわけでもないので、夏休みはすべて病院で過ごすことになりそうだけど。

 医者の先生から自由に歩くことが許された日、わたしと橘先輩は病室を出て外を散策することにした。

 夏らしい暑い日が続いていた。連日気温は三十度を超え、今日もまぶしい太陽の光が降り注いでいた。

「暑くないですか?」

「いまのぼくにはこれくらいがちょうどいい感じだよ」

 駐車場から離れた病院の裏庭は静かだった。わたしたちはそこのベンチに腰を降ろした。

「やっぱり外の空気はいいよね。生きてるなって実感があるよ」

「もう傷口は痛くないですか?」

「そうだね。傷は完全に塞がってるし、他に悪いところもないみたいだから、予想以上に退院は早いかもね」

 あの事件からすでに二週間が経っていた。入院当初はやつれていた橘先輩も、たいぶ肌艶が戻ってきている。

「あまり焦らないほうがいいと思います。お母さんも心配すると思いますから」

 わたしは頻繁に橘先輩のお見舞いに来ていた。そこで橘先輩のお母さんとは一度だけバッタリ会ったことがある。

 病院や通学路で怒鳴られたことのある人だけど、向こうはわたしのことを覚えてはいないようだった。
 橘先輩も名前を告げてはいないらしく、初めましてと頭を下げられた。