そういい終えたころには、橘先輩の腕はだらりと地面に下がっていた。意識はまだあって、かすかな呼吸が続いている。
 わたしは腕を伸ばした。シャツの裾をつかみ、傷口には触れないようにゆっくりと上げていく。

 露になったお腹には、確かに肌の色とは違うシミがあった。
 ナイフでついた傷口下の部分に、鳥が羽を広げたような形で広がっていた。

 色は薄い赤色で、大きさは手のひらくらい。
 やけどという言葉からただれたものを想像していたけど、それほどひどくはなくて、むしろ。

「キレイですね」

 そんな場違いな発言をしたことを、わたしはすぐに後悔した。

「ごめんなさい。変なことをいって」

「……あのときも、そういってくれたよね」

 橘先輩はうっすらと目を開けて、絞り出すような声を出した。

「え?」

「病院にいたとき。きみは覚えていないようだけど、あの事故のあと、ぼくたちは同じ病院に運ばれたんだ」

「そうだったんですか」

 同じ場所での事故なら、それも当然かもしれない。

「ぼくは病院で絶望に包まれていた。事故のショックはもちろんだけど、ぼくのやけどの跡を確認したとき、母親が顔をしかめたのをの見て、とても心が傷ついたからだ。それ以来ぼくはなるべく病室を空にするようになった。母親になるべく会いたくなかったからだ」

 そんな橘先輩がよく足を運んだのが、病院内にある主に児童向けに整備された図書室だったという。

「ぼくはそこできみと出会ったんだ。声をかけた来たのはきみの方だった。その当時のきみは両親が亡くなったことはまだ知らされていなかったようだけど、記憶はまだあったから普通に会話をすることもできたんだ」

 記憶があった?
 そういえばおじさんとおばさんもそんなことを言っていた。
 あれは事実だったんだ。でも、わたしには病院で橘先輩と会ったなんて記憶、全くない。