橘先輩は走った。全速力というわけではなく、わたしがしっかりとついていけるくらいの速さで。

 まだわたしは万全な状態とはいえなかった。久しぶりに見る街の景色に圧倒される感じだった。
 目から入ってくる情報に頭が追いついていなかった。それでもわたしは橘先輩に必死についていった。

 あいつの家まであと少しだ、橘先輩はそういった直後、ふいに立ち止まった。その視線の先には一人の男性がいた。来栖、と橘先輩が呟く。

 こちらへと、来栖先輩は歩いてくる。
 耳にイヤホンをさしているから、スマホで音楽を聞いているのかもしれない。

 夏休みだからなのか、髪は金色に染まっていた。シャツの胸元ははだけていて、そこから銀色のアクセサリーが覗いていた。

「おい、来栖っ」

 イヤホンをはずして、橘先輩のほうを見る。

「橘くんじゃないか。おれになにか用?」

 切迫感もなにも感じない声。

「おまえ、聞いてないのか」

「なんのこと?」

「亡くなった一年の女子のことだよ!」

 来栖先輩の目がわたしへと向けられる。

 いまの橘先輩の言葉と組み合わせて、ようやく事情を理解したようだった。

「そうなんだ。あの女、死んだんだ」

 せせら笑うような口調だった。

「いつかこうなるんじゃないかとは思ってたよ。あのことがあってから、彼女は学校も休んでたしね。だからそこにいるブスに近づいて、事情を探ろうとしたんだよ」

 いまさらなにを言われたって動揺しない。わたしは来栖先輩を睨み付ける。

「あの娘から親友だって聞いていたからね。でもまあ、いつしかそんなことはどうでもよくなったんだよね。友達にされたことをなにも知らずにおれと付き合ってるバカな女を見てると、なんだかすごく興奮してきてさ」

「おまえっ」

「そんな怒らなくてもいいじゃない。どうせ彼女は自殺、なんでしょ。おれにはなんの関係もないね」

「その子は遺書を残してたんだよ。おまえの名前がしっかりと書かれてるんだよ!」