『いま、こうして文字を書いているときも、不思議に思います。どうしてわたしは遥に手紙を残そうとしているんだろうって。目が見えないなら、自分でこれを読むことはできないよね。でも、信じて。嫌味とかじゃないの。わたしがどうしてもそうしたいって思ったから、この遺書を残すことに決めました。

 自分で命を絶つと決めたのに、わたしは怯えというものを感じていません。これも不思議。気持ちの整理がついているのかも。コンプレックスプランで過ごした期間が、わたしの心に覚悟を植え付けたのかもしれません。

 最初に遥には謝っておくね。ごめんなさい。なにもいわずにこんな決断をして。本当なら、もっと遥に相談をするべきだったと思います。でも、友達だからこそ、言えないこともあるんだよね。

 遥も知っている通り、わたしのお母さんは今年再婚をしました。新しいお父さんと妹ができました。二人との関係は決して悪いものではなかったけど、やっぱりわたしにはまだ警戒感みたいなものがあって、前のお父さんの暴力はいまでも記憶に残っています。

 新しいお父さんは実際、優しい人でした。わたしにも積極的に話しかけてくれたし、怖いなと感じたこともありません。

 それでもわたしはどこか距離を置いていました。自分の気持ちに整理をつけたかったからです。休日に一人で街をブラブラしたり、家でも部屋に閉じ籠るようになりました。

 そんなときです。彼と出会ったのは。街を歩いているとき、突然来栖という男性から声をかけられました。知らない人だったけど、聞けばわたしと同じ高校の先輩であることがわかりました。

 ナンパみたいで嫌だなと最初は思ったけど、話をしているうちにだんだんと心が柔らかくなっていくことがわかりました。家での悩みを自然と打ち明けるようになり、それまでの不安が嘘のように消えていくことを実感しました。

 わたしたちは恋人とはいえませんでした。わたしにとって彼はあくまでも悩みを聞いてくれる存在でしかなかったからです。でも、彼は違うようでした。わたしとの交際を希望して、繰り返し告白をしてきました。

 わたしはもちろん、断りました。それでも彼は諦められないようでした。執拗に迫ってきて、わたしは恐怖を感じるほどでした。そこでわたしはある日、彼とは二度と会わないことを告げると決めました。

 そのときのことを具体的に書くことはしません。詳しくは思い出したくないからです。ただ起こった出来事を簡潔に書くのなら、わたしはレイプをされました。

 わたしは悩みました。このことを親に告げるかどうかをです。

 だって、こんなことをいったらまた両親に迷惑をかけてしまうから。お母さんが結婚したい人がいるといったとき、わたしはすごく反対しました。また暴力をふるう人だったらどうしようと思ったからです。いまのお父さんにはじめて会ったときも、わたしはひどいことをいいました。

 もうこれ以上、家族の負担にはなりたくなかった。だから、わたしは死ぬことにしました。このまま生きていくことはどうしてもできなかった。病気を装って学校を休みながら、いつ死ぬべきかだけを考えていました。

 そんなときです。遥から橘先輩に告白をされたという連絡があったのは。わたしは慌てて学校に向かいました。そして決めました。自殺は遥の恋の行方を見届けてからにしようと。遥が、できれば幸せになった姿を見てから死んでも遅くはないと。

 だからわたしは自分ののどから声を奪いました。そうです。コンプレックスプランです。

 しゃべることができなければ、わたしは余計なことをいわなくてもすみます。あの日あったことについて、つい誰かに話してしまうということもなくなります。わたしはとにかく、遥のことだけを考えて残り少ない時間を生きようと決めたのです。

 そのおかけで、目の見えない遥とは、疎遠になってしまったよね。結果も残念だった。それでも、遥が恋愛に悩む姿を見て、わたしはほっとした部分も感じました。遥は昔から自信がなくて、必要以上に自分をおとしめていたように思います。橘先輩はそんな遥にほんの少し、勇気を与えてくれたのかな。自分のことを短い期間でも認めてくれた人がいるなら、きっと遥もこれからは前向きに生きることができるよね。

 最後に、ありがとうをいわせてください。こんな形でのお別れにはなってしまったけど、わたしは遥と友達になれて幸せでした』