あれから、一日が過ぎた。私はというと、自分の部屋でぼーっとしていた。
あのグループラインに載った写真は、篠田先生にもクラスメイトの誰かが送ったらしく、学校側にすぐに伝わった。それから親に連絡が行き、私のスマホにはお母さんからの不在着信が溜まっていった。
染矢くんの方にも、一応電話が一回だけ入った。そして住んでいた町に戻る途中で、私たちは保護された。
下された罪状は、自転車の二人乗り、深夜外出、期末テストのずる休み……それプラス不純異性交遊の疑い。
そして、罰として三日間の自宅謹慎を命じてきた。それは、染矢君も一緒だった。
結局、“優等生”の貯金は、謹慎が短くなるといった特典をもたらすことは無かった。


家に帰ると早々、お母さんに抱きしめられた。

「かなちゃん、どうしたの。私、心配したのよ。」

本当に心配そうな表情だった。

「ちょっと、やめてよ。」

色々な感情が入り混じり、自分でも驚くほど冷たい声が出た。私が、そんな拒否するような態度を取るとは思わなかったのか、お母さんは怯んだ様に

「えっ、かなちゃん?どうしたの?もしかして、何かあったの?」

と潤んだ目で見つめてきた。普段なら、その態度に絆されてしまって、私は謝ってしまっていたかもしれない。
けれども、それは出来なかった。初めて、嫌悪感が勝った瞬間だった。

「私、部屋戻るから。」

一言だけ言い残し、私は階段を駆け上がり、ベッドに突っ伏した。それから三日間、篠田先生という新しい恋人の下には行けないのか、お母さんは家に居た。私は徹底してお母さんを避けて過ごした。

染矢君とは謹慎中一度だけメッセージのやり取りをした。

『ごめん。巻き込んだ。』

『別に。染矢君は悪くない。こっちこそごめん。 絶対フォローするから。』

『ありがと。謹慎明け、職員室だっけ?』

『うん。合ってる。』

その私の返信に既読のマークがついて終了だった。
あの一夜からしたら、何ともあっさりしたものだと思う。
元々仲が良い訳では無かったのだから、普通に考えればそれは当たり前の事だった。
ただ、あの夜が特別だったのだ。染矢君の事は心配していた。
けれど、切り出し方が分からず、私からメッセージを送る事は出来なかった。
今の私の問題は、職員室への呼び出しと保護者召喚をどうやって乗り越えようか、といったことだった。
頭の中でどうにかこうにか、染矢君が悪者にならず、かつ優等生じみた解答を作り出そうとした。けれども、結局何も思いつかなかった。一度剥がれてしまったメッキの復元の難しさ。それをひしひしと感じていた。
頭の中で、グルグルと考える。眠れない夜が過ぎ、とうとう呼び出される朝が来てしまった。


学校に母と向かう。お母さんは、いつもの露出度の高い服ではなく、きっちりとした恰好をしていた。

「じゃあ、かなちゃん。行こっか。」

そう言って、手を繋いで来ようとした。けれど、私は無視して先に歩いた。
明らかに女の表情を見せている彼女を、今は見たくなかった。


通学路を進むにつれて、周りの視線が強くなっていく。そして校内に入った時、わざと聞こえる様に話す、ヒソヒソ声の集団とすれ違った。

「あれ、高山さんじゃない?」

「やっぱり、男好きって本当だったんだよ。」

「噂のお母さんも一緒じゃん。」

「あの染矢と、なにしてたんだろうね~」

他にも、色々な声が聞えてきた。染矢くんと私の噂、半々くらいだった。
心が段々と重くなっていく。けれど、職員室に向かう足を止める事は無かった。
そうすることでしか、自分の苦しさを誤魔化すことが出来なかったからだ。


「失礼します。」

職員室に入ると、そこには既に染矢くんとこの前見た男の人がいた。お母さんと同じ様に、その人はしっかりとした恰好をしていた。そして、酒に酔ってはいないよう見えた。外面が良い、と言っていた意味をここで理解する。。染矢君は、私をみると軽く会釈した。
先生たちの視線が刺さる中、私は母を伴い、中を進んでいった。

「お、来たか!よし、染矢と高山、そして二人のお父さん、お母さんも揃った事だし……早速、生徒指導室へ移動しましょうか‼」

私たちの中心で座っていた篠田先生が、いつものように明るい声で音頭を取った。
けれども、私は見逃さなかった。先生とお母さんのアイコンタクトを。
その時点で、私は気分が悪くなりそうだった。染矢君も同じ様な事を思っていたのか、眉を顰めていた。
先生は、

「二人共。今日は、色々と話してもらうから。でも、先生は二人の味方だからな‼安心してくれ!」

と満面の笑みで励ましの言葉をかけてきた。私たちが内心鼻白んでいることも知らずに。
ただ、そんな何も知らない先生の姿を見て、少しだけ、ほんの少しだけ心に余裕が出来た気がした。


生徒指導室には教頭先生、生徒指導の先生がいた。そこに並んで、篠田先生が座った。
テーブルを挟んで、私、母、そして一席あけて、染矢くん、染矢くんのお父さんが座った。
それから、色々な事を私たちは聞かれた。
先生たちは、染矢君が悪くて、私は巻き込まれただけ、と考えているのか、質問の内容はどれもこれも
的外れなものばかりだった。私が答えられる所は、私が。染矢君が答えられる所は、染矢君が答えていく。
私は全面的に、染矢君が悪者で無い事を主張した。ただ、私が巻き込んだのだと。
反対に、染矢君は……全部自分が悪いと主張した。私は、内心話が違う、と感じていたけれど、
彼の行動を非難することは、出来なかった。
ただ、私達はどちらもこんな事になった原因、親の事については一切言わなかった。
一旦主張が終わると、篠田先生が口を開いた。

「お前たち。お互いが大事な存在なのは分かるがな……罪を素直に認める事も、相手の為になるんだぞ。」

その言葉に、苛立ちを感じる。
すると、染矢君の父親が豪快に笑いながら、染矢君の頭を勢いよく掴んで、無理やり下げさせた。

「いやぁ、すみませんね。うちの息子が。ほっんと、こいつは。おいっ、実。こういう時は、ごめんなさい、っだろ‼」

染矢君の表情は見えなかった。けれど、その彼が一切抵抗しなかった光景から、日常の一端が見えた気がした。
私の手は爪に食い込んでいた。どうしようもない感情が、胸をせめぎ合っていた。
篠田先生は、それを見て驚いたのか

「まぁまぁ、お父さん落ち着いて。でも、お父さんの言うとおりだ。染矢。認める事は決して悪い事じゃない。高山も、優しいのは分かるが、庇うのは優しさじゃないぞ。俺は残念に思う。高山程の優等生なら、その違いは分かると思ったんだけどなぁ。お母さんには本当の事話してるのか?」

と彼の父を宥めつつ、私と母に視線を寄越してきた。母の方を見る。彼女は、少し照れくさそうに笑っていた。その瞬間、私の中の何かが切れた。今まで我慢してきたものが、吹き出したのかもしれない。
もしかしたら、染矢君に対してぶちまけた事で、既に吹っ切れていた所が有ったのかもしれない。
気付けば私は、立ち上がり篠田先生の顔を

ビンタしていた。