色んな事があった日から、一週間。私は“優等生”営業を変わらず続けていた。
上辺だけの友人と関わり、先生の頼まれごとをこなす。
染矢君については、見掛けるたびに気まずさを感じることはあったけれど、元より学校内で話すような関係性では無かった為、日常に支障は無かった。表面上、変化は無いように見える生活。
だけど、前よりバランスを取りにくくなったように感じていた。
そんな心のもやを誤魔化すように、私はテスト勉強の方に無理やり意識を向けていった。


そして、とうとう期末テスト前日になった。私は結局、ぐるぐると付きまとう物から逃れる事が出来ずに、勉強にはほとんど集中できていなかった。
やるべき事は終わっていないにも拘わらず、既に時計の針は19:00を示していた。
店長の計らいで、時間的余裕という意味で、バイトが休みな事だけが唯一の救いだった。
やる気が起きず、ぼんやりとしたまま、天井を見上げていると、ガチャっというドアが開く音が聞えた。
耳をすませてみると、お母さんの声だけでなく、男の人の声も聞こえてきた。
どうやら、早速この前言っていた、新しい彼氏を連れてきたらしかった。
連れ込みの最速記録かもしれない……なんて思いながら、一応顔だけでも見ておこうと思い、こっそりと部屋を出て、階段の隙間からバレない様に様子を伺った。

瞬間、一気に身体が冷え込んだ。叫びそうになるのを、必死に手で抑え込む。そこにいた男は、私もよく知っている、

(篠田……先生?)

あの篠田先生だったからだ。あの特徴的な髪型は、間違いなかった。
震えが止まらなくなる。別に、相手が先生なだけだったら、ここまで動揺しなかったかもしれない。
ただ、先生……篠田先生には家族がいるのだ。
つまり、これはニュースとかでよく見る、不倫ってやつだった。

二人は、私に不倫現場を目撃されている事など気付くことなく、恋人同士の触れ合いを続けていた。
聞こえてくる会話から、私がバイトに行っていると思っているらしかった。

「ねぇ、孝明さん。学校でのかなちゃんはどんな感じ?あの子ったら全然私に教えてくれないの。」

「高山か?俺の頼みにも嫌な顔一つしないし、ほんとうにいい子だ。娘がいたら、あんな感じだろうな~。」

「あら、私も高山よ。篠田先生。そう、いい子なのよ。うちの子。私の自慢なの。」

そのまま、もつれ込むようにリビングの方向へと向かって行った。私は、動けなかった。途端に涙が溢れだす。先生のあの距離感、娘みたいなものだからな、という発言の真意を理解してしまった。出来てしまった。
悔しさ、やるせなさ、気持ち悪さ、何が何だか分からなかった。

ソファの軋む音、女の声から逃げる様に私は、家を飛び出していた。


夜道を走る、走る、走る。
見えなくなりそうになる目を必死に擦りながら、叫んだ。
途中何人かとすれ違ったけれど、私は気にせず、ずっと叫びながら無我夢中で走り続けた。

どれだけ走ったのか、分からない。人気のない川沿いまで来て、ようやく私の足は止まった。
自転車に轢かれそうになり、盛大に尻餅をついたから。強制的に。

「っおい、あぶねーだろ‼ちゃんと、前見とけ‼」

自転車に乗っていた男が、悪態をついた。それは、正論だった。
けれど、心の容量が無かった私は、言い返さないと気が済まなかった。

「うるさいッ‼ うるさいッ、うるさいッ‼ いいじゃない、別に。あんたは怪我してないんだから‼」

と、八つ当たり気味に言った。暗くて誰かも分からない相手に向かって。それに対して、

「はぁ⁉ んだよ、その態度。八つ当たりかよ⁉」

と、彼も声を荒げてきた。そして、そのまま子供のような言い争いが始まってしまった。

「そうよ、悪い? 分かり切ったこと言わせないでよ。バカじゃないの?」

「バカって言うほうが、バカって知ってるか?」

「そのくらい、知ってますけど⁉」

それは、お互いがクラスメイトと気付くまで、

「……てか、よく見たら、委員長かよ‼ 何してんだよ、こんな時間に。」

「私にだって、わかんないよ‼ じゃあ、どうしたらよかったのよ、どうすればよかったのよ……。」

と座りこんだまま、子供の様に私が泣き叫ぶまで続いた。

「……何で、泣いてんだよ。お前。」

右頬を腫らした男、染矢君はそんな私を見て、困惑気味の表情を浮かべていた。