家に着いて、靴を脱ぐ。階段を駆け上がり、リボンとカバンを脱ぎ捨て、汗を気にすることなく、ベッドに沈み込んだ。ドロドロと湧き上がってくる感情に蓋をして、考える事を辞めるために目を閉じる。息を止める。でも苦しくなって吐き出した。何回か繰り返す内に、自然と深呼吸になっていく。そして、私は深い眠りについてしまった。


再び目を開けた頃には、もう外はすっかり暗くなっていた。ぼんやりとした頭を抱えたまま、電気を点けカーテンを閉める。とりあえず、部屋を出ようとした時

「ただいま~」

という高い大きな声が家の中に響いた。私は、まさか、と思い階段を急いで下りる。そこには、顔を赤らめたお母さんが倒れていた。

「お母さん、しっかりして。」

すると、ろれつの回らない甘い声で

「あー、かなちゃんだー。……イイ子にしれらー?」

と、機嫌が良さそうに返事をしてきた。意識がある事に安心しつつ、私はお母さんの肩を支え、リビングへと向かった。私は知っている。こうやって酔っ払って帰ってくる時は、大抵彼氏に振られた時だという事を。ソファに横たえ、コップに水を注ぎ横のテーブルに置いた。その間もお母さんはぶつぶつと何かを唱えていた。
そして、

「私はぁ、またふられちゃった……でもぉ、あたらしいヒトが、なぐさめてくれて……。かなちゃんに、こんどあわせ……」

と言い始めた。聞きたくも無い話を聞かされると思った私は、

「水……近くに置いとくから。」

と言って、部屋にさっさと戻ろうとした。が、腕を掴まれてしまった。
お母さんは、ふわふわとした優しい口調で、

「かなちゃんは、わたしとちがってあたまがいいからね……えらい、えらい。わたしとは、おおちがいだぁ……まじめで、ゆーとうせい。ながいくろかみもきれいで……うらやましいなぁ……かなちゃんのそういうところ、すきだなぁ……。」

と言ってきた。私は、誰の所為で私が苦労していると……、という思いで心が埋め尽くされた。けれど、手を振り払う事が出来なかった。

“優等生”営業の原因である張本人は、私が弱っていると必ず、私を認めてくれるような発言をしてくれるのだ。こういったズルい所が、男を惚れこませる部分で、私の中にある、お母さんが嫌いという気持ちを弱めさせる。
事実、お母さんの浮気が原因で家を出て行った私のお父さんは、お母さんを決して責めることはしなかった。
それどころか、惚れた弱みから今住んでいる家の権利や財産を全て私達に譲った。
更に、会った事のある歴代の彼氏達も、皆一様にお母さんにだらしない顔を向け、別れたとしてもお母さんを絶対に悪人にはしなかった。
そしてそんなお母さんの魅力は、私にも効いていた。17年間、呪いの様に。
言いたいことが言い終わったのか、お母さん、否一人の女は眠り込んでしまった。
私は、そこでようやく彼女の手を解く。

「取り敢えず、シャワー浴びよ……。」

ベタベタとした不快感に支配されていた。身体も、心も。
私は全ての事を、夏の暑さのせいにしてしまいたかった。