高校二年生、夏。
あのとき、私たちは今を必死に生きていた。
時刻はまだ朝の七時三十分だというのに、すでにあちこちで蝉の大合唱が行われ、遥か向こうの太陽は今日も飽きることなく地面を照りつけている。朝くらいはちょっと休憩したっていいのに、なんて太陽に悪態をつきたくなるような暑さだ。
七月の半ば。たしかに、この時期らしい気候ではあるのだけれど。
入学してから約一年半経って、もう随分と見慣れた通学路をひとり歩く。暑さのせいでこのまま溶けてしまうんじゃないか、そんな馬鹿げたことを思った。
「すーずちゃん! おはよ!」
「あ、おはよう、光輝くん」
ちょうど昇降口についたところで、後ろから声をかけられた。見知った声に振り向くと、そこにいたのはクラスメイトで幼馴染の青山光輝(あおやま・こうき)だった。
「今日も暑いねぇ、ほんとに」
「そうだね」
「っていうか、なんで毎日毎日こんな暑いんだろ…」
靴を履き替えながら、光輝くんがしみじみと呟く。私は彼の隣に並んだ。
「もうすぐ夏だもんね」
「夏かぁ。あ、そういえばすずちゃん、今年の花火大会どうする?」
教室までの長い廊下を歩きながら、光輝くんがそんなことを聞いた。
「花火大会? もうそんな時期だっけ」
「うん、あと一か月くらいしかないよね?」
毎年夏の終わりごろ、この地域では最も大きな花火大会が神社で行われる。私と光輝くんは、小さい頃から二人で一緒に行くのが恒例だった。
今年もそうなるだろうと思っていたので、わざわざ聞かれて驚いていると、彼が焦ったように続ける。
「いや、俺も本当は今年も二人で行くつもりだったんだけど、もしかしてすずちゃん、翼のこと誘ったりとかするのかなって……」
彼の口から出てきたのは、意外にも同じくクラスメイトの灰原翼(はいばら・つばさ)の名前だった。
私、間宮すず(まみや・すず)と光輝くん、そして翼くんの三人は、いつも一緒の仲良しグループだ。私と光輝くんは母親同士が昔からの親友で、生まれてすぐのころから家族ぐるみでの付き合いがあり、兄妹のように育てられた。そのまま成長して、当たり前のように同じ高校に進学し、光輝くんと仲良くなった翼くんとも一緒にいるようになった。
そして私は密かに、翼くんに想いを寄せていた。でも、そのことを誰かに打ち明けたことは一度もない。どうして光輝くんの口から急に翼くんの名前が出てきたのかよくわからない。
「――あぁ、翼くんも誘って三人で行くってこと? 確かに、それも楽しそう…!」
「いや、そういうことじゃなくて……すずちゃんは、本当は翼と二人で行きたいんじゃないのってこと…!」
「え!? 二人!? いやいや、それはさすがに……」
そんなこと、考えもしなかった。光輝くんも入れて三人でならともかく、翼くんと二人きりだなんて。そんなの緊張して上手く話せなくなるに決まっている。
「私は、もし翼くんがいいって言うなら、光輝くんと翼くんと三人で行きたいかな…!」
私の言葉を聞いた光輝くんの表情が、なんとなく曇ったように見えた。長く一緒にいて、今までは彼のことなら何でもわかると思っていたけれど、最近はあまりそうでもなくなってきてしまっていた。
「あ、でも、翼くんお祭りとか行くのかな……」
「あいつは、すずちゃんが誘ったら行くと思うよ。後で言ってみたら?」
なんとかしてこの気まずい空気をどうにかしたくて、慌てて付け足した。帰ってきた返事は、いつもの光輝くんと何も変わらなくて安心する。
「じゃあ、そうする」
「…………にな」
「? 光輝くん…?」
「ううん、なんでもない。あ、噂をすれば。翼、おはよ」
「光輝、おはよう」
ちょうど教室に翼くんが入ってきた。翼くんは光輝くんの姿を見て、表情がパッと明るくなる。そしてそんな笑顔に、私の胸はまた高鳴ってしまうのだ。
「すずもおはよ」
「おはよう、翼くん」
何とか平静を装って、ちらりと光輝くんを見ると、彼はがんばって、と私に口パクで伝えてきた。
私は一度大きく息を吐いて、話を切り出した。
「あのさ、翼くん」
「ん?」
「翼くんは、今年の花火大会どうするか、もう決めた?」
「え、花火大会?」
「……毎年、俺ら二人で一緒に行ってんの」
言葉に詰まりそうになると、光輝くんが助け舟を出してくれる。
「そうなの…! だから、よかったら今年は翼くんも一緒にどうかなって…」
「花火大会かぁ。もう何年も行ってないなぁ。でも、いいの? 俺が二人の中に入っちゃっても」
「もちろんだよ!」
「……いいの? 光輝」
「……いいんじゃねぇの?」
「……そっか、ありがとう。俺さ、本当は結構花火とか好きなんだよね。だから嬉しい」
「……へぇ、意外」
「そうなんだ、確かに意外かも」
「はは、だから、楽しみにしてる」
そう、翼くんは笑顔を見せた。