先生には見えないのか?

 大げさに息を長くふーっと吐き出し、40代の数学教師はぐるりと教室を見渡して「かわいそうに」とつぶやいた。

「トラウマよね。せっかく同じ高校に入学してこれからって時に命を落とすなんて、同じクラスの仲間ならショックになるのは当たり前なの」
 カツカツと黒いヒールで先生は遠藤くんの席に向かった。

「これって、誰が書いたの?ふざけすぎでしょ」
 先生は遠藤くんの机を優しく撫でながら、あろうことかそのまま遠藤くんの座っている椅子の上に腰を下ろしたので、教室中にすごい悲鳴が響き渡り先生は驚いて立ち上がった。

 すごい。
 見事に遠藤くんの身体の中に先生の姿が入り込み、こちらから見るとイラストが重なったように見えた。

「幽体離脱」
 僕の隣で大きな身体を震えながら坂井が言うので、僕は「逆パターンのね」と、小声で返事をした。

 悲鳴に驚いたのか、隣のクラスの生徒たちがわらわらと出てきて、僕らの教室を覗き込んでいた。
「遠藤くんがそこにいる!」「幽霊が出てる!」
 叫び声に近い言葉で他のクラスの生徒に説明しても、誰もうなずいてくれなかった。

「何やってるんだお前ら!」
 授業を邪魔された隣のクラスの先生までも出てきて、数学教師に顔を向けるけど、逆幽体離脱終わりの教師は首を横に振り困った顔を繰り返す。

「先生は見えないの?」
 女子が泣きながら説明しても、先生は「誰もいないぞ。遊んでないで授業に戻れ」と、自分の生徒を連れて隣のクラスに戻ってしまった。

「俺たちにしか……見えないのかな?」

 ポツンとクラスで一番賢い大岸くんがそう言うと、僕らはストンとその言葉に説得されたように黙り込み、遠藤くんをみんなで見つめる。

遠藤くんは何も語らず、自分の席に座ったままだ。

「もう授業は終わります。担任の諸田先生に来てもらうから待っててね」
 混乱している教室を見捨てるように先生は教室を出て行き、僕たちはそれを無視して遠藤くんを遠くから見つめていた。