俺と白石さんはアニメショップを出て、大きな本屋に行って本を探したり、雑貨屋でペンケースを探したりして、そこそこ楽しんでいた。
 白石さんもまた、素直に楽しんでくれているみたいでほっとした……誘ってくれたのは白石さんなんだから、彼女がまず楽しくなくちゃ駄目だろうけれど。映画を見に行くには帰り時間が中途半端だし、今やっている映画はどれもこれもオタク向けな映画ではないんだよな。
 そう思いながら次はどこに行こうと思っていた矢先、ゲームセンターに辿り着いた。
 とは言ってもこの辺り一帯は持ち主がいい加減なのか、ゲーム機が通路以外にところ狭しと並んでいて、ゲームの種類にすら気を遣っていないようだった。
 昔ながらのシューティングゲームから、有名格闘ゲーム、全国のプレイヤーと対戦するタイプのクイズゲーム、いわゆる音ゲーまで、本当に全然種類や客層を考慮せずに、とりあえず好きなゲームを並べてみましたといういい加減なことをしていた。
 一応万人向けゲームとして、プリントシールの機械やUFOキャッチャーも並んでいるから、デートからオタクまでどちら様でもお好きにといういい加減なコンセプトのようだった。

「すごいね……こんなにゲーム機並んでいるとこ初めて見た」
「そうだなあ。最近だったらどこもかしこも万人向けに寄っていたから、ここまでマニアックな並びは久々に見た」
「早川くんはこの手のゲーム得意?」
「んー……どうだろ。あんまり運動神経重視の奴はそこまでは……」
「じゃああれは? 対戦できるし」
「おっ?」

 そこに並んでいたのは、大昔のパズルゲームだった。ゲーム自体はシンプルで今でもプレイヤーが全国に大勢いるはずだけれど、会社があこぎな商売を続けた結果、見事に倒産して版権全部買い上げられてしまったはずだ。
 今は中古屋で当時売られていたソフトが売っているくらいだと思っていたのに、まさか今でも現物のゲーム台が動いているなんてなあと、感心してしまった。

「まだ動いてる奴なんて、初めて見た」
「これ、やっぱり今のリメイクされまくってルールが簡単になっちゃった奴よりも奥深くって好きだよ。それじゃ遊ぼう遊ぼう」
「おう」

 とりあえず俺がコインを投入すると、ゲームが開始された。どんどんパズルが積み上がっていくので、俺はひたすら消していくけれど、白石さんはひたすら積んでいる。
 大規模連鎖狙いかなあ……俺はそれを見ながら自分もパズルを動かす。
 ルールはシンプル。互いの画面にパズルのピースが落ちるから、それを消して相手の妨害をし、相手の画面をピースでいっぱいにしてしまったほうが勝ち。もう消すことが不可能なくらいに画面がピースで埋まってしまったら負けというものだ。
 俺が消していけばいくほど、白石さんのほうに連鎖を阻害していくパズルのピースが落ちていくけれど、白石さんはそれを気にする素振りすらない。

『これとこれとこれ……』

 このゲームは基本的に同じ色を並べれば消えるという特徴がある。特定の色待ちをしていたら、その間にお邪魔ピースが原因で連鎖は阻害されて、新しく連鎖を積み立てなきゃいけないはずなんだけれど、白石さんはそこまで詳しく考えてないみたいだ。
 でもそれだったら、俺はこのまんまお邪魔ピースを送り込んでおけば勝手に自滅するはずだけれど……なんかおかしいな。
 俺がそう首を捻っていたら、白石さんは「来た来た」と言いながら、「えい」とひとつの連鎖を消した。
 途端に、画面いっぱいにこのゲーム内呪文が響き渡る。
 しま……いわゆるまぐれ連鎖狙いか。同じ色を固めておいたら、あとはひとつの連鎖を起こしてしまえば、それに連動して消えてしまう。こんなの俺の聞こえる耳をもってしても止めきれないだろ。

「すごいすごい! 全部消えた! ぜーんぶ!」

 白石さんの大規模まぐれ連鎖のおかげで、俺が止めきれる間もなくお邪魔ピースで埋まってしまい、天井も見えなくなってしまった。これはもう、挽回できない。

【ゲームオーバー!!】

 女性の声が響き、隣でぴょんこぴょんこしている白石さんを余所に、俺はがっくりとうな垂れた。

「勝った勝ったぁ!」
「ああ~っっ負けた! 白石さんすごいじゃん、これ本当にまぐれか?」
「全部まぐれだよぉ。ここに欲しいピースが来たらいいなあと思ってたら、本当に来てくれたから消せただけで。ちまちま早川くんにやられてて全部の連鎖潰されちゃってたら無理だったよぉ」
「そうでもないと思うけどな……俺のお邪魔ピースまで利用して連鎖してたからなあ」

 このパズルゲーム、お邪魔ピースも連鎖に巻き込んで規定回数消去すれば消えるのだ。
 そこまで計算してたんだったら、本当にすごい。
 俺が素直にそう賞賛すると、ようやく白石さんは笑った。

「ありがとう。ああ、そうだ。記念にプリントシール一枚いいかな?」
「ええ、あれ?」

 プリントシールは基本的に男ひとりや男オンリーだと止められる。男だけだと馬鹿なことして機械を壊すかららしい。先人はなにをやっているんだ。
 陰キャの俺は、これに入るのは初めてだった。てっきり証明写真のようになっているのかと思っていたブルーシートの中は、意外と広い上に、仕上げ用のペンタブまでセットされてある。

【それじゃあ、カメラに向かってポーズ!】

 やけに明るいアナウンスのあと、俺はガチガチに固まっている中、白石さんは自然な笑顔を見せた。俺の顔に、カメラを見ていた白石さんが振り返る。

「もうちょっと寄ってもいいよ」
「い、いやあ……これ以上はさすがに……」

 陰キャに陽キャの真似をしろと言われても無理。そんなのは相田に任せてくれ。俺には荷が重い……っっ。
 そう俺がぐるぐる思っている間に、白石さんが俺の腕を取ると、それをぐいっと向けた。またもパシャリと撮られる。
 俺が変顔をしている横で、白石さんの笑顔。笑顔。笑顔。
 麦わら帽からはみ出るボブカットの揺れ具合に、淡泊な彼女が見せる微笑みに、俺はどんどん目を奪われていた。

「はい。終わり。あとはこれを加工するけど、どうしよう?」
「加工?」
「たとえばこうやって、ポンポンとスタンプを押せるんだよ」
「あー……」

 俺はそういうのはわからないけれど、撮った写真にフレーム加工をし、そこにキラキラのエフェクトを足していく中、「早川くんもする?」と進められて、困る。
 もっとごっちゃりするのかと思っていた白石さんのフレーム加工もエフェクトも、俺が手を出したら崩れるような気がする。
 なら文字ならいいのかと、パレットを自分で書き込めるように設定してから、ペンタブを握った。どう書こう。
 困ってから、一文書いた。

【文芸部交流会】

 それを見た白石さんは嬉しそうに、その文字にもキラキラのエフェクトを付けてくれた。
 他に言うことあるだろ、俺も。

『やっぱりいいなあ、早川くんは』

 え?
 俺は「それじゃあ印刷しようね」とプリントボタンを押している白石さんの声が飛び込んできた。

『早川くんは、私の顔だけを見ない』
 『知らない人に好かれるのは怖い。だって誰か知らないから』
  『早川くんは、怖くない』
 『一緒にいて欲しい』

『これ、お守りとして持ってちゃ駄目かなあ……』

 その言葉の羅列に、俺はぎょっとしていた。
 今まで、全部ステルスされていて聞き取れなかった白石さんの言葉が、溢れてくる。
 ……俺は裏表の大き過ぎる女子が怖かった。だって本当にどんな可愛い子も裏ではこんなこと考えてるのかと、幻滅するには充分だった。
 でも。一見クールに見えても白石さんはどこまでも素直で、楽しくて、一緒にいるとほっとする……。

「……好きとか、そんなんじゃ言い切れないんだ」
「えっ? 早川くん?」