コラボカフェはソシャゲに合わせたカラーリングで統一されていた。
 てっきりソシャゲとのコラボなんだから、もっとキャラの立体パネルを置いて記念撮影できるようにしたり、キャラのプリントをした布地やらポスターやらをペタペタ貼り付けているのかと思ったのに、思いのほか普通の喫茶店っぽい印象だ。
 でもくれるコースターはきちんとソシャゲのキャラのをくれるようだ。
 店員さんに注文すると、コースターをくれる。俺には白石さんの推しキャラ。白石さんには俺の推しキャラ……おそらく店員さんは気を遣って女性客に男性キャラ、男性客に女性キャラを宛がってくれたんだろうけど、逆なんだよなあ。
 とりあえずハンバーグセットに紅茶のセットが届き、店員さんが去ったのを見計らってから、コースターを交換する。

「すごい! 本当にもらえた! キャラが多いから、当たるかどうかわからなかったんだけど!」
「そうなの? てっきり推しを教えたらそれをくれるのかと思っていたけど」
「違うよ、完全にランダム……でもコラボカフェなんてチケットが全然取れないから、何回も行ける自信なんてなかったなあ……本当にありがとう、早川くん」
「いやいや。俺は全然そのつもりはなかったんだけど。でもそれぞれ推しがもらえてよかったな。それにこれ、結構美味いし」

 ソシャゲ内イベントで存在していた、手作りハンバーグをつくるために騒動を巻き起こすというイベント内で完成したハンバーグ。
 てっきりファミレスっぽい冷凍食品を手作り品に見せかけているのかと思っていたけれど、味は思っている以上に本格的だ。野菜が細かくごろごろ入っているし、肉もジューシー。ソースも結構美味いし、添えている野菜も全部美味い。
 美味い美味いと連呼して食べていたら、白石さんも一生懸命ハンバーグセットを食べているのが見えた。
 食べ方がやたらと小さく、ちびちびと食べている。小柄な白石さんは、もしかしたら小食なのかもしれない。

「白石さん、それ全部食べきれるか?」

 俺がなにげなく聞いてみると、白石さんは「ぴゃっ!」と跳ねた。何故跳ねる。
 そのあと、小さく首を横に振った。

「食べきれるよ……ただ、食べるのが遅いだけ」
「そっか。ごめん、急かすつもりはなかったんだ。そっかそっか」
「……このハンバーグおいしくって。食べ終えるのがもったいないなと、いつもよりゆっくり食べてた」
「あっ、それは思った。これ美味いなあ」
「……もし、これと似たようなハンバーグつくれたら、食べてくれる?」
『玉ねぎは多分みじん切りにしたものを生で入れているんだと思う……刻みまくって原型が無くなっているけれど、香りがするから多分セロリも入ってる。人参も……それを蒸し焼きにしてるんだろうなあ……前のイベントに出てきた手作りハンバーグ想定だったら、材料はこれで合ってると思うけど』

 俺はそれを聞いて目をパチパチさせてしまった。料理を食べても大概は「美味いなあ」「美味くないなあ」で終わらせてしまう俺は、材料まで考えてなかった。
 というより。

「白石さん、料理できるのか? すごいな。俺、夢中で食べててつくってみようとか全然思わなかったから」
「ハ、ハンバーグは、野菜刻んじゃったらあとは混ぜるだけで簡単だから……ソシャゲ内のシナリオで材料は出てたし、実物も見て食べたから、つくれるかなと……」
「でもすごいよ」
「ほ、褒め過ぎ……」

 とうとう白石さんは顔を真っ赤に染めて紅茶に逃げてしまった。紅茶もしっかりと味が出ているのに、不思議と渋くない。綺麗な水色の紅茶だった。
 ふたりでお腹いっぱい食べたあと、アニメショップに出かける。アニメショップは最近はソシャゲに力を入れている店舗が多く、俺たちの応援しているソシャゲもしっかりグッズ展開されていた。
 あんまりそういうのを集める趣味はないけれど、新規のイラストを見るのは好きなため、クリアファイルくらいだったら邪魔にならないだろうと購入する。
 俺が買い物している間、白石さんがフラリといなくなっていた。まさか迷子か?

「白石さん?」
「あ、ごめん。ちょっと見てて……」

 本棚と本棚の間から、ぴょんぴょんと飛んでみせてくれたので、場所はわかった。普段アニメやソシャゲのノベライズやコミカライズのコーナーにはいるけれど、普段入り込まない場所にいたから驚いた。
 そこはイラストや漫画の技巧講座の本がたくさん並んでいた。少し離れた場所にはアナログ画材も置いてある。最近はデジタル全盛期で、全部の作業をスマホやタッチパネルで済ませてしまう人もいるらしいけれど、白石さんはもっぱらアナログ派だった。

「画材? 本? なんか買うの?」
「えっと……前に文芸誌つくったのが楽しかったから、今度は自分で本をつくろうかなと思って……本の作り方とか載ってないかなと思って……」
「本って……もしかして同人誌のこと?」

 白石さんは小さく頷いた。
 そっか、白石さんの絵だったら充分同人誌にしても映えるしなあ。
 一緒にコラボカフェに行った結果、インスピレーションが生まれたんだったら、そりゃすごいことだ。

「印刷所のサイトに載ってないのかな、同人誌の作り方って。多分部長にも言ったら印刷所への原稿の出し方も教えてくれると思う。ただ、白石さんはアナログで綺麗な絵を描くんだから、アナログ原稿を取り扱ってくれるところに出さないと駄目かも」

 学校の文芸誌とか取り扱っているところだったらいざ知らず、今はもっぱらデジタルに移行しているんだから、せっかくの上手い白石さんの絵を潰すような真似はしたくないよなあと思う。
 俺が言った言葉に、白石さんはますます目を輝かせた。

「す、すごいね、本当に早川くんは! うん、頑張る! ハンバーグつくるのも、同人誌つくるのも、頑張る!」
「ええ? 俺はただ、耳年魔なだけで、別にすごくもなんとも……」
「でもすごいよ、早川くんは」

 そう言って白石さんはにこにこと笑い、振り返った。
 そのこちらを見上げる様に、ドキリとする。

「人の知りたいことも、困っていることも、全部アドバイスをくれて、励ましてくれる。本当にすごいよ、早川くんは」
「いや……あ……」

 そうあまりにも素直に口にする白石さんに、俺は言葉を失ってしまった。
 いや、違うだろ。俺の場合、ただ白石さんの声が聞こえるだけ。それに沿って、アドバイスをしているだけ。別に欲しい言葉を絶妙なタイミングで渡したらすごいとか善人とか思うかもしれないけど、こんなのタネを明かしたらただのペテン師だろ。
 俺が口をふがふがとさせている中、白石さんはきょとんとして、こちらを覗き見てきた。

「早川くん?」
「いや……ああ……うん。俺は、白石さんが思うような人間じゃ、ないよ?」
「ええ? 皆、自分の理想と現実は違うでしょ? そうじゃないの?」
「ええっと?」

 いきなり哲学的なことを言われ、俺は唖然として白石さんを見ると、白石さんはカゴを持ってきて、せっせと画材を入れはじめた。
 同人誌用用紙、墨汁、ペン軸、ペン先、スクリーントーン。どれもこれも、アナログ原稿の道具だ。
 それを入れながら、白石さんは続ける。

「皆、思い込みでしか話をしないから。思い込みが思い込みだってわかったら、皆すごく怒るから。それは、すごく怖い。勝手に期待されて、勝手にがっかりされるのは、すごく怖い。早川くんだけだった。わたしがしたことだけを褒めてくれたのは。思い込みじゃなくって、結果で褒めてくれた。それは、すごいことではないの?」

 その言葉に、俺は喉を詰まらせた。
 ……俺は自分の持っている人の声が聞こえるのは、全部ズルだと思っていたし、あまりにもギャップが大き過ぎる人間からは逃げるのが普通だと思っていた。
 単純に白石さんといるのは、裏表がないから楽だった。それだけだったはずなのに。
 そんな褒められるなんて思わなかった。

「あー……ありがとな。そう言われたのは、初めてだわ」
「そう?」
「はい」

 会計に進んだ白石さんを見送りながら、次はどこに行こうと考えた。
 陰キャの俺は、今ものすごく楽しいけれど、女の子とどこに行ったら楽しいのかまではわからない。
 ただ、ふたりでいる時間があと少しだけでもと先延ばしにしたい気持ちだけは、本物だ。