俺と白石さんがフレンド登録し、ソシャゲのアカウントを眺めていると、白石さんところの陣営も順調に育っていっているのがわかる。
 結構楽しんでくれているなら嬉しいな。俺がそう思ってスマホを眺めていると、普段はソシャゲの推しにかかりっきりと文芸部員が全員窓に貼り付いているのが見えた。

「あれ? どうした?」
「し、白石さんが!」
「リア充に呼ばれている!」
『ああ、我らがマイナスイオン様も遂に年貢の納め時か!?』
『でもマイナスイオン様に告白して玉砕してない奴、見たことないけどな』
「えー……」

 窓の下を見てみると、たしかに白石さんが男子に呼び出されていた。あの男子はたしか、バスケ部の主将だったと思う。前に相田がバスケ部の助っ人に出かけたときに、宿題を届けに行った際に見かけたから知っている。
 小柄な白石さんと比べると、バスケ部員なだけあって身長がものすっごく大きく、威圧感がある。普通あれだけ身長差があったら白石さんもびびるのかと思いきや、思いっきりいつも通りだった。
 ここからだったらさすがに距離があって心の声は聞こえない。でも前にバスケ部に出かけた際に聞こえてきた声は、運動部特有のガツガツとした意地汚い声はあまり聞こえなかったから、大丈夫とは思うけど。

「どうかしましたか?」

 白石さんはマイペースに尋ねる。それを文芸部員はゴキュンと唾を飲み込んで聞いている。俺も聞いている。

「白石、君のことをずっと可愛いと思っていた。君が好きだ。付き合いたい。どうか、今度の大会、応援に来てくれないか!? 君に応援されたら、勝てそうだと思うんだ」

 おお。硬派な雰囲気も相まって、告白も格好いい。文芸部員が今にも死にそうな顔をしている。でもなあ。
 白石さんは、本気で困った顔をして、眉を寄せてしまっていた。

「今度の大会、予定があるから困るんですけど」
「ええ? なにか予定があったかな?」
「イベントがあるから」

 文芸部員が顔を見合わせた。
 そういえば。来週の日曜日にバスケ部の地区大会があるけれど、その日の昼間から、ソシャゲのイベントが開始する。たしか白石さんが可愛い可愛いと言っていたキャラ……まあ、白石さんにとっての推しキャラだろう……の限定カードが手に入る。
 格好いいバスケ部主将よりも、ソシャゲのイベントかあ……。
 少しばかり主将が気の毒になったものの、バスケ部主将は「むむむっ」と口の中でふがふが言いながらも、がっくりと肩を落とした。
 それに心底ほっとしたものの、なおも主将は口を開く。

「……先約が入っているなら仕方がない。だが、君に告白をした。せめてその返事だけでも聞かせてもらえないだろうか?」

 多分本気でいい人なんだろうな。俺は少しだけもやもやとしたものの、そもそも付き合う付き合わないは白石さんが決めることだしなあ。白石さんは首を捻ってから、ストンと答えた。

「困ります」

 それにますますもって主将は撃沈、いや轟沈してしまった。もうオーバーキルなので勘弁してやって欲しい。

「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
「ざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 いかに文芸部員がモテないのかがよくわかる拍手喝采を耳にしながら、俺はここからだとわからない白石さんの心の声を思った。
 なんというか、白石さん本気で困ってたみたいなのに、どうして誰も聞いてやらないんだろうと。俺は「ちょっと自販機行ってくるけど、なにか欲しい飲み物ある?」と皆に欲しい飲み物聞いてから、買いに行った。ついでに下にいる白石さんの話を聞いてこようと。

****

 烏龍茶に炭酸。アイスティー。それらのペットボトルを持って文芸部の部室に戻ろうとしたところで、同じく部室に向かおうとしている白石さんと鉢合った。

「あっ、こんにちは」
『ほっ……』

 白石さんの淡泊な表情が少しばかり緩んだ。それに俺は「おや?」と思いながら口を開いた。

「お疲れ。さっき熱烈な告白を受けていたみたいだけど大丈夫だった?」
「見てたの?」
『見られちゃった』
「見てた。なんか疲れてるみたいだったから、大丈夫かなと思ったけど」
「知らない人にいっぱい声をかけられると、疲れちゃうから」
「ああ、そっか。バスケ部には知り合いはいない?」

 それに白石さんは大きく頷いた。白石さんは珍しくものすごく困ったように眉を寄せていた。さっき窓から見下ろしたときの表情だ。

「知らない人に、毎回毎回好きって言われても、困るよ。だって好きか嫌いか以前に、知らないもん」
「そっか。ノリで付き合うっていうのは」
「わたし、あんまり面白いこと言えないよ? 幻滅されちゃうかも」
「俺は白石さんといると、結構面白いのになあ……それじゃあ駄目なの?」

 そう言ってから、自分で「んっ?」となった。
 俺は思わずギギギギ……と音を立てて白石さんを見た。白石さんは、顔を真っ赤に染め上げてしまっていた。

「あのう……白石さん、俺」
「……初めて言われた」
「えっ」
「一緒にいると面白いって初めて言われた! いつも顔ばっかりだったのに! 知らない人からばっかり言われたのに、すごいね。早川くんすごいね」
「ええっっ!」

 俺は思わず仰け反った。
 もしかしなくっても俺は、白石さんにとんでもないことを言ってしまったんじゃないか? でもな。白石さんのニコニコとした顔を見て思う。
 周りからはクールとかマイナスイオン様とかさんざん言われているけれど、俺にはちっとも仏頂面を見せないし、そもそも彼女は嘘をつかない。

『すごい! すごい! 面白いって言われた! 嬉しい!』

 本当に口にしたことをそのまんま喜んでいる子のなにをそんなに疑えるのか。
 気付けば白石さんのニコニコとした顔が伝染して、俺の表情も緩んでしまっていた。

「そっか、嬉しいんだ」
「うん。そうだ、今度のソシャゲのイベントだけれど。多分わたしひとりだったら走れないと思うんだ」
「ああ、そうだね。初心者だと割ときついイベントかも」

 イベントは戦闘を何回戦も行わないといけない。だからある程度キャラの育成ができていないとスムーズに進めることができないんだけれど、まだ初心者の白石さんだったら最後までクリアするのは難しいだろう。俺は「なら」と言う。

「言ってくれたら、フレンド用の貸し出しキャラ置いておくよ。どんなキャラがいい?」

 俺がスマホを取り出し、自分の育てた高レアキャラを見せると、白石さんは「うーんと……」と首を捻ってキャラのデータを確認しはじめた。

「なら、このキャラ」
「おっ」
「えっと、駄目だった?」
「ううん、全然」

 ドキン、と胸が跳ねたけれど、白石さんは本当にキャラのデータを見て選んだだけだった。
 そのキャラは白石さんが「可愛い可愛い」と連呼しているキャラの公式恋人キャラの騎士だった。
 今度のイベントで白石さんの推しキャラと一緒に、俺が育てた騎士が走るのかと思うと、少しだけときめいた。
 でもまだゲームをプレイしはじめたばかりの彼女が、知るはずないしなあ。心の声でも、本気でわかってないようだし。