リア充はわからんとずっと思っていた。
 カップルでも腹の中では黒いこと考えているし、打算や妥協を何度も聞いてきて、辟易としていた。
 だから、俺が陽キャの真似をすることは絶対にできないだろうなと思っていたのだけれど。
 俺が学校に行く準備をしていたら、スマホのアプリが反応した。

【おはよう、もう家を出るところ?】

 そのアプリの文面を見て、思わず噴き出す。
 周りの意見を聞いて、客観的に見たら、彼女の言葉は見事なまでに足りないんだ。
 でもそんな言葉を使うのが下手糞な彼女が、一生懸命に俺のことを褒めてくれた。そのいじらしさを見ていたら、好きになってもしょうがないだろ。

【今出るところ。白石さんは?】
【わたしも今から行くところ。じゃあ、いつものところにいるね?】
【すぐ行くから待ってて】

 俺は慌てて制服を着ると、そのままダッシュで走り出した。コンビニ行って昼飯買うのは、白石さん捕まえてからにしよう。
 白石さんは黙っていたらとにかくミステリアスで可愛らしい。
 そのせいか、大学生のナンパだったらまだいい。ときどき変質者に絡まれることがあるから、俺がさっさと行って彼女を捕まえないといけない。
 いつも待ち合わせしているのは、近所の集合住宅の玄関前だ。そこだったら普通の社会人や学生の出入りが活発だから、ナンパや変質者に絡まれることもないからだ。
 やがて、中学生や高校生の登校風景の中、鞄を背負って待っている白石さんがいた。

「おはよう。待ったか?」
「おはよう、早川くん」

 白石さんはこちらに振り返ると、ぱっと明るい顔をしてみせた。
 たしかに白石さんは表情の喜怒哀楽は大きくないけれど、よくよく見ると、空気の緩み方が全然違うんだ。
 俺たちはのんびりと、登校しはじめた。

 俺の人の心が聞こえる力、いつか言ったほうがいいのかな。それを言って、嫌われるのが怖いけど。
 俺がちらっと見ると、白石さんがぷくっと頬を膨らませた……ってなんで?

「早川くん、考え事?」
「ええっと……コンビニでなにを買おうかと思って」
「早川くん、嘘が下手だよぉ」

 そう彼女が言う。俺より一歩先をちょこちょこ歩いてから、振り返る。

「早川くんがなにか隠してることくらい、わたしにだってわかるよ?」
「えっ? ホント、別に……」
「でもそれって、言いたいときに言えばいいんじゃないのかな?」
「……ええ?」
「言いたくないことだって、誰だってあるよ。わたしは、わかりやす過ぎるのかもしれないけれど」

 まあ……白石さんは表情に合ってないだけで、言っていることと考えていることはほぼ一緒だ。

「だから」

 そう言って白石さんは笑う。

「言いたくなったらでいいよ」
「……ありがとう、な」
「いいよ」

 そう言って白石さんは笑った。
 ……本当に、完敗だ。

「……俺は、白石さんでよかったって思うよ」
「うん、わたしも、早川くんでよかったって思う」

 まだ俺たちは付き合い出したばかりで、名前を呼ぶことはもちろんのこと、手を繋ぐことも、キスさえも、まだできていないような中途半端な関係だ。
 でも。
 この空気が心地いい。この距離感が心地いい。ほっとして落ち着く、この居場所を守れたらどんなにいいのかと、そう思わずにはいられない。

<了>