まず最初に飛び込んだのはアリーシャだ。
このメンバーの中、唯一、接近戦が得意だ。
そのことを理解しているため、盾となり、ゴーレムの能力を開示させるため、前に出たのだ。
「はぁっ!」
魔法剣士であるアリーシャはたくさんの魔力を必要としない。
魔法剣は使えないものの、剣で戦うことができる。
まずは自分が切り込むことで安全を確保しつつ、ゴーレムの能力を図る。
そんな意図を持って、アリーシャは立て続けに剣を振る。
縦に振り下ろした剣を途中に跳ねさせて、V字に斬る。
横に薙いだ後、自身の体を回転させて、さらに追撃を加える。
アラムがそうしたように、ゴーレムの関節部を狙い、ありとあらゆる角度からの斬撃を叩き込んでいく。
「エリゼ、合わせて! フィアさん、追撃をお願い!」
「はい、お姉ちゃん!」
「わ、わかりましたっ」
アリーシャはちらりと後ろを見て、
「「火炎槍<ファイアランス>!」
絶妙なタイミングで横に跳んでみせた。
仲間を撃つことはなくて、炎の槍はゴーレムに突き刺さる。
ただ、関節部ではない。
派手な爆炎が上がるものの、その歩みは止まらない。
ノーダメージだ。
ただ、その展開は予想済みだ。
「氷結槍<アイシクルランス>!」
爆炎に隠れてフィアがゴーレムの横に回り込んでいた。
ゴーレムの足を氷で閉ざして、その動きを完全に封じた。
「ナイス!」
ここぞとばかりにアリーシャが一気に前に出た。
ゴーレムがカウンターを狙い拳を振るものの、彼女を捉えることはできない。
アリーシャは手前でワンステップ踏んで、踊るように攻撃を回避。
そのままゴーレムの懐に潜り込み、下から上に突き上げるようにして、刃を頭部に差し込んだ。
ガッ! という衝撃が伝わってくる。
貫くとまではいかないが、ある程度、内部の機巧を傷つけることができたみたいだ。
「そのままで!」
「はい!」
アラムの意図を察したアリーシャは、さきほどと同じように横に跳んだ。
そこにアラムの魔法が炸裂する。
「雷撃槍<ライトニングランス>!」
紫電がほとばしる。
アリーシャの剣を通じて、雷撃がゴーレムの内部に流れ込んだ。
ガクンガクンとゴーレムの体が不格好に動く。
いや、痙攣する。
こうなるとシャルロッテが心配ではあるが……
彼女が囚われているのは、ゴーレムの胴体部。
そこを直接傷つけない限りは問題ないだろうと、アラムは予測していた。
その予測は正しく、なにも問題が起きた様子はない。
ゴーレムはまだ動いているが、しかし、かなりのダメージを負った様子だ。
煙を吹きつつ、動きがさらに鈍くなっている。
「やりました! あとちょっとです!」
「お嬢様、もうすぐ……!」
エリゼ達は笑顔になるものの、アラムは逆に表情を厳しくしていた。
エイルマットは、シャルロッテを生体ユニットとして組み込んだゴーレムを最高傑作と言っていた。
その最高傑作をこんなにも簡単に倒せてしまうのだろうか?
あまりにもうまくいきすぎている。
なにか罠があるのではないか?
……そんなアラムの悪い予感は当たる。
「ふむ、なかなかやるね」
ゴーレムが負けかけているというのに、エイルマットは余裕の笑みを携えていた。
負けを認められないのではなくて、現実を見ていないわけでもない。
確かな自信を感じられた。
その正体は……
「でも、まだまだだ。その程度では、ぜんぜん足りないよ」
「なにを……」
「さて……そろそろ本気でやるといい」
エイルマットの合図でゴーレムの目が光る。
その足元に魔法陣が展開されて、光が立ち上がる。
「なっ……ゴーレムが魔法を!?」
ありえないことだ。
動物や魔物が魔法を使用したという稀な記録はあるものの、無機物であるゴーレムが魔力を持っているなんて話、聞いたことがない。
「……そういうことね! だから、シャルロッテさんを生体ユニットに!」
「正解だよ。君はなかなか頭がいいね」
「今すぐ、バカな真似はやめなさい!」
無機物であるゴーレムが魔法を使うには、生体ユニットになっているシャルロッテを利用するしかない。
しかし、安全なんて保証されていない。
他人の魔力を強引に使うということは、他人の体、心を無茶苦茶にかき混ぜるようなものだ。
そんなことをしてタダで済むはずがなくて……
「うっ……あああぁ!?」
生体ユニットにされているシャルロッテが苦悶の表情に。
さきほどまで無反応だったのに悲鳴をあげている。
耐え難い苦痛を受けているのだろう。
魔法陣がさらに強く輝いた。
それに伴い、壊れていたゴーレムのパーツが修復されていく。
ただ修復されるのではなくて、以前よりも頑丈に高性能に。
自己再生と自己進化。
それはもはや、兵器という枠を超えた『なにか』だった。
「お嬢様!?」
フィアが悲鳴をあげて……
アラムがそれに気をとられて……
そして、致命的な隙となる。
「――――――!」
ゴーレムが無機質な音を奏でた。
それは……魔法の詠唱だ。
炎の槍が生成されて、勢いよく射出された。
「きゃあ!?」
完全に不意をつかれたアラムは吹き飛ばされてしまう。
エリゼ達は慌てて助けようとするが、しかし、二度、三度と放たれる魔法を受けてしまい……
「うぅ……痛いです……」
「ダメ、体が……」
「こんなこと……くらい、でっ……」
魔法を受けたエリゼ達は地面を転がる。
意識は残っていて、致命傷を負ったわけでもない。
ただ、その身に受けたダメージは相当なもので、立ち上がることができない様子だった。
ゴーレムが魔法を使うわけがない。
そんな常識をすり抜けた策に見事にハマってしまった。
常識を利用して、逆手に取る戦い方。
いざという時に切り札を使う。
平気で外法を利用することを無視すれば、エイルマットは一流の策士であった。
「直撃だ。しばらく立ち上がることはできないだろう。そこで寝ているといい。なに、後でしっかりと君達も生体ユニットにしてあげるから、寂しがる必要はないさ」
「こ、のぉっ……!!!」
アラムは燃え盛るような怒りを瞳に宿して、エイルマットを睨みつけた。
この男は許せない。
大事な弟の友達を傷つけたというだけではなくて……
一人の人間として、エイルマットが行う外法を見過ごすことはできない。
動け。
動け。
動け。
必死にそう念じるものの、しかし、体は反応してくれない。
思っている以上にダメージが深いのだ。
ずっと放置すれば致命傷になるほどの傷。
今、意識があることが奇跡に等しい。
「さて……一人、残してしまったね」
「あ……ぅ」
残されたフィアはびくりと震えた。
蛇に睨まれたカエル。
攻撃することも、かといって逃げることもできない。
ただ立ち尽くすだけだ。
「安心するといい。出来損ないとはいえ、それなりに価値はある。君も一緒に生体ユニットにしてあげよう」
「……う……」
「ほら。シャルロッテと一緒に僕の役に立つといい」
フィアは震える。
怖い。
体の震えが止まらない。
逃げてしまいたい。
でも……
それ以上に、シャルロッテのことを助けたい。
「……お嬢様を」
「うん?」
「お嬢様を返してください!」
恐怖は残っている。
しかし、それ以上に、シャルロッテを失うことの方が怖い。
勇気が彼女を突き動かす。
「火炎槍<ファイアランス>!」
魔法の詠唱をするが、
「……あ……」
なにも起きない。
ポーションの効果は切れて、さらに時間が経ったことで残っていた魔力が吸収されてしまったのだろう。
「そら、見たことか。もう君にできることはなにもない。諦めて、おとなしく僕の糧に……」
「うあぁあああああ!!!」
「なに?」
フィアは恐怖をごまかすように叫びつつ、ゴーレムに向けて駆けた。
途中、棚に飾られていた壺を手に取り、それをゴーレムの頭部に叩きつける。
ガシャンと壺が割れるものの、ゴーレムに傷はつかない。
鉄の刃を弾くほどの装甲だ。
この結果は当たり前のもの。
でも。
「お嬢様を……返してください!!!」
フィアは割れた壺の欠片を手に取る。
そんなものを手にすれば傷ついてしまうが、しかし、フィアは気にしない。
壺の欠片を即席の刃として、アリーシャのように接近戦を挑む。
魔法が使えないのなら物理で戦うしかない。
装甲を貫くことはできないけど、関節部ならあるいは。
必死に食らいついて、どうにかこうにかシャルロッテだけは助けられるかもしれない。
そんな希望を抱いて、がむしゃらに攻撃を繰り返していく。
……しかし、それは無謀でしかない。
元々、フィアは普通の魔法使いだ。
成績も平凡。
アリーシャのように剣に特化しているわけでもない。
「あぅ!?」
ゴーレムの拳がフィアを打つ。
ゴーレムとまともにぶつかれば、こうなることは明白だった。
勢いよく小さな体が飛んで、転がる。
壁に激突してようやく止まる。
「かはっ」
激突した衝撃で肺の空気を全部吐き出してしまう。
それだけじゃなくて、体の芯から響くような激痛が走る。
骨が折れたかもしれない。
だとしても。
「……して」
フィアはゆらりと立ち上がり、ゴーレムと対峙する。
「返して」
その目は決意に燃えていた。
「お嬢様を……返してください!」
「……っ……」
圧倒的有利のはずのエイルマットだけど、フィアの圧に押されてしまう。
それは屈辱以外の何者でもなくて……
だからこそ、彼はそのことが絶対に許せない。
「もういい! ゴーレムよ、この女を殺してしまえ!」
「わたしが、死んだとしても……絶対に、お嬢様は……!!!」
「その大好きなお嬢様に殺されるのだ。君も本望だろう? はははははっ!」
勝利を確信したエイルマットが高笑いを響かせた。
フィアは覚悟を決めた。
アラム達が絶望を顔に浮かべた。
そして……
「火炎槍<ファイアランス>」
どこからともなく飛来した炎の槍がゴーレムの足を打ち、その動きを止めさせた。
「なんだと!?」
今の魔法はいったい誰が?
エイルマットは慌てて周囲を見回して……
そして、見た。
フィアと同じように、怒りに燃える青年の姿を。
――――――――――
間一髪だ。
危ういところだったけど、フィアを助けることができた。
「ストライン君……?」
「レン!」
フィアは驚きの表情を。
アラム姉さんは喜びの表情を。
俺の登場に、二人はそれぞれ、そんな顔になった。
「火炎槍<ファイアランス>!」
もう一度、魔法を放ち、ゴーレムの足を止める。
その隙にフィアのところへ駆け寄り、倒れそうになっていた体を支えて、そっと壁によりかからせた。
「大丈夫か?」
「わたしは……大丈夫、です。それよりも、お嬢様が……」
「ああ。わかっているよ」
特殊なゴーレムを製造するために、生きた人間を使うなんて……
しかも、自分の娘を。
「外道め……!」
それだけじゃない。
この男はみんなを傷つけた。
エリゼを、アリーシャを、アラム姉さんを……
俺の大事な人達を傷つけた。
前世では感じたことのない感情がこみあげてくる。
マグマのような激情。
戦いの場では冷静にならないといけないのだけど、しかし、どうすることもできない。
次から次に怒りが湧き上がる。
ただ、一度その怒りに蓋をした。
どうにかこうにか優しい表情を浮かべて、フィアを見る。
「すごいな、フィア。ここまでがんばるなんて、俺でも……いや。誰にもできないよ」
「そんな、ことは……それに、わたし、結局お嬢様を助けることが……」
「それは大丈夫。後は俺がなんとかするか」
「……いいんですか?」
「もちろん」
「お願い……します。お嬢様を、助けてください……」
「わかった。約束だ、必ず助ける。だから、フィアはゆっくり休んでいてくれ」
「……はい……」
そこでフィアの意識が途切れた。
怪我と緊張と、その二つに耐えることができなかったのだろう。
「治癒光<ヒール>」
まずはフィアの傷を癒やす。
それからゴーレムを警戒しつつ後ろへ下がり、意識のあるアラム姉さんの傷も癒やす。
「アラム姉さん、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか……レーナルトさんは?」
「大丈夫。気を失っているだけです」
意識はないものの呼吸は安定している。
傷は治したから、しばらくすれば目が覚めると思う。
「フィアとみんなをお願いできますか?」
「レンは?」
「友達を助けます」
友達。
そう言葉にすると、不思議な感情が胸に広がる。
くすぐったいような温かいような。
前世では味わうことのなかった感情。
なぜだろう?
これを大事にしていきたいと、直感的に思った。
「がんばって」
「はい」
「あと、気をつけて。レンも無事に帰ってこないと意味がないのよ」
「わかりました」
また不思議な気持ちになる。
誰かの応援があると、こんなにも力強いなんて。
アラム姉さんの笑顔で、何倍も力が湧いてくるような気がした。
「さて」
前に出てゴーレムと対峙する。
「フィアの代わりに言わせてもらうぞ。シャルロッテを返せ!」
「援軍なのか、お前が?」
ゴーレムの後ろにいるシャルロッテの父親……エイルマットは怪訝そうな顔をした。
魔法を使えない男が援軍に来ても……なんて考えているのだろう。
ただ、警戒はしているようだ。
魔法が使えない分、近接戦闘に特化していると予想したに違いない。
「……まあいい。ゴーレムよ、ヤツを倒してしまえ」
エイルマットの命令でゴーレムが動き始めた。
ただ、少し……ほんの少しだけ動きが鈍い。
まるで、必死でなにかに抗っているかのよう。
たぶん、シャルロッテの意思がわずかに残っているんだろう。
みんなを傷つけたくない。
俺と戦いたくない。
そう思ってくれていて、必死に抵抗しているんだろう。
シャルロッテが戦っている。
いいように利用されてたまるものかと、こんな状態にされながらも戦っている。
なら、俺も格好悪いところは見せられないな。
「火炎槍<ファイアランス>!」
「なっ!?」
俺が魔法を使うと、エイルマットは二重の意味で驚きの声を発した。
男なのに魔法を使える。
結界の中なのに魔法が使える。
なぜ?
驚きの意味はそんなところだろう。
俺が放った炎の槍は、正確にゴーレムの右脚に着弾した。
軽く怯むものの……
しかし、それだけだ。
動きを少し止めただけで、ダメージらしいダメージは与えていない。
「ふむ?」
今の魔法、必要以上に多くの魔力を込めてはいないが、しかし手加減もしていない。
それで無傷ということは、かなり装甲が分厚いみたいだ。
さて。
それなりに威力の高い魔法をセレクトしなければシャルロッテを助けることはできないだろう?
なにをチョイスするべきか迷う。
「バカな!? なぜ魔法を使うことができる!?」
遅れてエイルマットが驚いていた。
「男だというのに……いや、そもそも結界が展開されているんだ! 魔法なんて使えるわけが……そうか! そいつらのように、魔力ポーションを飲むという小細工をしているんだな?」
「いや、そんなことはしていないけど」
魔力ポーションを利用して戦ってもいいのだけど、少し危うい。
なくなったらそこで終わり。
それに、常に魔力残量を気にしなければならないので集中できない。
だから俺は、問題を元から断つことにした。
「ご自慢の結界なら俺には通用しないぞ」
「なに?」
「解析して無効化した」
「……は?」
屋敷に入って、最初のゴーレムと戦って、フィア達を探して……
その間、十分な時間があった。
なにもしないなんてもったいないこと、するわけがない。
行動しつつ、結界の構造を解析。
無効化するフィールドを作り出したのだ。
惜しむべきは時間がないこと。
もっと時間があれば、結界そのものを解除したのだけど……
そこまでは難しいため、ローブを被るように、俺の周囲だけ効果が及ばないようにした。
「ば、バカな……一流の魔法使いでも太刀打ちできないような結界だぞ? かなりの大金をはたいて手に入れたものだぞ? それなのに、こんな子供に解析なんてできるわけが……」
失礼なヤツだ。
俺は子供じゃない。
大人という歳でもないけど。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
そう、どうでもいい。
今はもっと大事なことがある。
シャルロッテを助けて……
「とりあえず、一発殴らせてもらうからな?」
ふざけた男を痛い目に遭わせてやらないと気が済まない。
「くっ……いけ、ゴーレム! 全力で潰してやるんだ!」
自分で戦うことはしない。
あくまでもゴーレム頼り。
娘頼り。
なんて男なのだろう。
こんなヤツが父親なら、シャルロッテも男嫌いになって当然だな。
「オォッ、オオオオオ!!!」
ゴーレムが吠えた。
足の裏に推進力を生み出す装置がつけられているらしく、爆発的な速度で突撃してくる。
その加速力を拳に乗せて、突き出してきた。
「金剛盾<シールド>!」
魔法の盾でゴーレムの攻撃を防いで、
「風嵐槍<ウインドランス>!」
カウンター。
もう一度、右足を狙う。
やはりダメージは通らない。
本当に固いな。
これだけ固いと、どこまでの魔法を無効化するのか詳細な実験をしたくなってしまう。
まあ、今はシャルロッテが最優先なので、そんなことはしないけど。
本当だぞ?
「もっとだ、もっと力を見せてくれ! お前は最高傑作なんだ!」
ゴーレムは再び突撃してきた。
同時に魔力の流れを感じる。
ゴゥッ! と空気を抉るような一撃。
それと同時に業火が生み出され、獣のように暴れ回る。
広範囲を炎で焼き尽くす、『炎烈牙<フレアストライク>』だ。
シャルロッテを生体ユニットとして利用することで、攻撃をしつつ魔法を唱えるという二重の行動を可能としているのだろう。
拳が迫る。
避けたとしても、ワンテンポ遅れて業火が迫る。
その炎は俺だけじゃなくて、後ろにいるみんなもターゲットになっていた。
回避したらみんなが巻き込まれてしまう、というわけだ。
敵ながら、なかなかの作戦だ。
さて、どうする?
「金剛盾<シールド>!」
魔法の盾で炎を防いだ。
ただ、続けてゴーレムの拳が迫る。
「もう一回……金剛盾<シールド>!」
「なっ!?」
ゴーレムの拳も魔法の盾で防いだ。
「な、なんだ、そのデタラメな詠唱速度は……!?」
「さてね」
答えは簡単。
シャルロッテの真似をしたのだ。
詳細は知らないけど、彼女はやたら詠唱が早い。
想像以上に早い。
なら俺もできないだろうか? と、密かに特訓していたのだ。
その成果が実を結んだ。
「火炎槍<ファイアランス>!」
小刻みに魔法を連射してゴーレムを牽制する。
あわよくば蓄積されたダメージで……
なんてことを考えていたけど、そう簡単にはいかないようだ。
ダメージがゼロということはないけど、活動に影響はまったくない様子だ。
この調子だと、あと百発は叩き込まないとダメだろう。
生体ユニットにされているシャルロッテにどんな影響が出ているかわからないから、早く決着をつけたい。
うまいこと隙ができれば、一気に攻め込める。
そのための方法は……
「へぇ」
ふと、とあるものが見えた。
これならうまくいくかもしれない。
タイミングは彼女に任せよう。
「火炎槍<ファイアランス>!」
牽制の攻撃を繰り返す。
エイルマットは焦れてきているようだ。
俺の狙い通りなら、そろそろ突撃命令を出すはず。
「ええいっ、なにをしている! そのようなガキにいつまで手間取っている! 一気にたたみかけてしまえ!!!」
きた。
エイルマットの命令に反応して、ゴーレムが一気に前に出てきた。
それは隙だ。
ただ、俺は攻撃しない。
さらに大きな隙ができるのを待つ。
その瞬間を作ってくれるのは……
「火炎槍<ファイアランス>……!」
フィアだ。
突然、無警戒の方向から炎の槍が飛んできた。
これは完全に予想外だったらしく、ゴーレムはまどもに攻撃を受けてしまう。
「ばかな!? 今の攻撃は……」
「お嬢様を……返してください!」
フィアによるものだ。
さっき、わずかにフィアが動いているのが見えた。
すぐに目が覚めたのだろう。
そして、魔力を練り、タイミングを測っているのもわかった。
気絶するほどに消耗して。
でも、主のためにありったけの力を振り絞って。
最後の最後まで諦めない。
シャルロッテを想う力が引き起こした奇跡……いや。
そんな言葉で片付けたくないな。
単純に、フィアの想いが強かったのだ。
「レーナルトさん、ナイス!」
この二人は本当にすごいな。
その絆に思わず憧れを抱いてしまうほどだ。
思わず小さな笑みを浮かべつつ、前に出る。
フィアが作ってくれた隙を無駄にすることはない。
ゴーレムの背後に回り込み、人でいう背骨の辺りに手の平を当てる。
「雷撃掌<スタンショック>!」
効果は極小範囲。
でも、威力は中級魔法に匹敵する、雷撃をゼロ距離で叩き込んだ。
ちなみに、雷撃は風系統の魔法の応用で発生させることができる。
「……!?!?!?」
ゴーレムは全身を跳ねさせた。
ギギギ、と金属が擦れるような音。
あるいはそれは、ゴーレムの悲鳴だったのかもしれない。
ややあって、ゴーレムの頭部から瞳の色が消える。
同時に四肢から力が抜けて、その場で停止した。
「よし」
他の箇所と比べて背中の装甲が厚いから、もしかしたら人間でいう心臓のような急所が隠されているのかも? と予想したが、大正解だったようだ。
「レーナルトさん」
「は、はい……」
「ありがとう、助かったよ。おかげで、シャルロッテを助けられた」
「……はい!」
フィアはにっこりと笑うのだった。
「よっと」
生体ユニットにされていたシャルロッテをゴーレムから引き剥がした。
「シャルロッテ、大丈夫か?」
「……」
「シャルロッテ!」
「……ぅ……」
強く呼びかけると、わずかに反応が返ってきた。
よかった。
はっきりとした意識はないけど、でも、死が真横に迫っているというほどじゃなさそうだ。
衰弱はしているものの、ゆっくり休めば回復するだろう。
「お嬢様!」
「レーナルトさん、シャルロッテのことをお願いできる?」
「はい、もちろん!」
フィアにシャルロッテを託す。
人一人、女の子が支えるのは大変だと思うけど……
でも今は、こうするのが正解だろう。
シャルロットを支えるのはフィアの役目だろうから。
「……さてと」
俺は残った仕事を片付けることにしようか。
「切り札はまだ残っているのか? それとも、もう終わりか?」
「ぐぐぐ……」
エイルマットは苦虫を噛み潰したような顔に。
刺すようにこちらを睨みつけるものの、しかし、なにかする様子はない。
やはり今のゴーレムが最後の切り札だったのだろう。
エイルマットに手の平を向けて、魔力を集める。
「おとなしくしろよ? 抵抗するのなら、容赦なく撃つ」
「ばかな……僕がこのようなところで終わるなんて、そのようなことがあっていいはずがない!」
「どう見ても終わりだよ」
「そんなはずはない! やるべきことがあるんだ。僕を軽視して、辺境に追放したブリューナク家に……あの女に復讐しなければならない、その権利があるんだよ!!!」
「うるさい」
「がっ!?」
あまりにも耳障りなことを言うものだから、我慢できず殴ってしまった。
「復讐? その権利? そんなもの、俺達には知ったことか!」
「な、なにを……」
「あんたは自業自得だよ。好き勝手やって破滅して、逆恨みをして、それのどこに大義がある?」
「な、なにもわからない子供が……僕がどれだけみじめで、悲惨な日々を過ごしてきたか……」
「だとしても、娘を道具にしていいわけないだろうが!!!」
どうしようもない怒りを覚えた。
他人のことなのに。
俺には関係ないのに。
でも、この男の行いに果てしない怒りを覚える。
「そうだ、シャルロッテは僕の娘だ。だから、親である僕はなにをしてもいいんだよ!」
「子供は子供、親は親。なにをしてもいいなんて、そんなことあるわけがない。そんな当たり前のことがわからないから、あんたは追放されたんだよ」
「ぼ、僕は……」
「なんかもう、怒りを通り越して可哀想になってきたな。こんな単純なこともわからないなんて……本当に可哀想なヤツ」
「や、やめろ……! 哀れみの目を向けるな、あの女と同じ目で僕を見るなっ!!!」
なにかトラウマを刺激してしまったみたいだ。
エイルマットは両手を振り回して叫んで、後ずさる。
幻でも見ているのか、なにかに怯えているようだ。
「やめろやめろやめろ、やめろぉおおおおおっ!!!」
そして、ほどなく限界に達して気絶してしまう。
「……ばかやろう」
最後までシャルロッテに対する謝罪の言葉はなかった。
こんなヤツが親なんて……
俺は拳を強く握リ、唇を噛んだ。
「……ん?」
ふと、嫌な感じがした。
倒れたエイルマットから黒いもやのようなものがあふれる。
それは生き物のように蠢いていた。
こちらを狙っているように見えるが、いったい……?
「ピーッ!」
アラム姉さんと一緒にいたニーアが大きく鳴いた。
こちらの肩に飛び乗り、翼を広げる。
それに反応するかのように、黒いもやが夜の闇に消えた。
今のは……
「……魔王?」
色々とあったものの、シャルロッテ誘拐事件は無事に解決した。
あの後、憲兵に通報してエイルマットは逮捕された。
娘とその侍女を誘拐。
違法な研究に兵器の製造。
それと傷害罪。
犯罪のオンパレードだ。
まずは裁判となるため、即座に刑が確定するわけじゃないけど……
相当重い罪になることは間違いないだろう。
極刑とまではいかないが、一生、牢から出ることは叶わないかもしれない。
一方で、俺達は俺達で怒られてしまった。
シャルロッテとフィアが誘拐された可能性があるのなら、まず最初に憲兵に連絡をすること。
自分の手で助けに行くとか、なにを考えている?
うまくいったからよかったものの、下手をしたらエイルマットの毒牙にかかっていた。
……そんな感じでたっぷり絞られてしまった。
大人の言い分は、まあ、わかるが……
でも、俺は後悔していない。
シャルロッテとフィアを助けることができた。
みんなも守ることができた。
なら、それでいい。
自分の歩いてきた道を否定することはしない。
否定するのは、前世の独りよがりな考え方だけだ。
――――――――――
「やあ」
「あら?」
「あっ、こ、こんにちは」
シャルロッテが入院する治癒院にやってきた。
花と果物の入ったカゴを手に部屋を尋ねる。
シャルロッテはベッドの上で体を起こしていて。
その隣にメイド服姿のフィアがいて、彼女にりんごを剥いて差し出していた。
「元気そうでよかった。はい、これお見舞いの品」
「ありがとうございますわ」
みんな、怪我は大したことはなかったけど……
シャルロッテはゴーレムの生体ユニットにされていたため、念のため、一週間ほど検査入院をすることになった。
今のところ問題は見当たらないらしく、安心だ。
「これ、とても綺麗な花ですわね。あなたが?」
「あー……実を言うと、姉と妹に選んでもらった」
二人もシャルロッテのお見舞いに来たがっていたのだけど、今日、憲兵の事情聴取を受けることになっていた。
なので、代わりに花を、という感じだ。
「ふふ、納得ですわ。あなたに、このような綺麗な花を選ぶセンスはなさそうですもの」
「うっさい」
「お、お嬢様、その言い方はちょっと……」
「別に、その……癖のようなものですわ。レンのことが嫌いというわけではないから、安心なさい」
「ほっ、よかったです」
「俺のことが嫌いじゃないってことは、好きなのか?」
「なぁっ!?」
からかってみたら、シャルロッテが耳まで赤くなる。
「そっ、そそそ、そのようなこと、あるわけないでしょう!?」
「お、落ち着けよ。ただの冗談だから」
「……やっぱり、あなたのことは嫌いかもしれませんわ」
頬を膨らませて拗ねてしまう。
からかいすぎてしまったか?
「まあ、元気そうでよかったよ」
「当たり前ですわ。このわたくしが、あの程度のことでどうにかなるなんてこと、ありえませんもの」
「お嬢様は、昔からとても元気でしたからね。まったく風邪を引きませんでしたし」
「……それ、わたくしがバカと言いたいのです?」
「そ、そのようなことは!?」
「ふぃーあー……?」
「ぴゃ!?」
じゃれあう二人を見ていると、なんだか優しい気持ちになる。
ちゃんと二人を助けることができてよかった。
後悔するような結果にならなくてよかった。
もしも前世の俺が見ていたら、他人に構うなんて余計なことをして、なにが楽しい?
そんな無駄なことをするなら魔法の訓練をした方が百倍マシだ。
……なんてことを言うかもしれない。
でも、それは間違いだ。
強くなることよりも大事なことがある。
そのことを少しずつだけど理解していると思う。
「……ところで」
迷い、悩んで……
結果、俺はこの話を持ち出すことにした。
「これに見覚えはあるか?」
シャルロッテに小さなクマの人形を差し出した。
くたびれていて汚れてしまっている。
「これは……昔、わたくしがお父様にプレゼントした……」
「やっぱりそうなんだ」
「これをどこで……?」
「憲兵から聞いたんだけど、エイルマットの研究室にあったらしい」
エイルマットの罪を証明する能力は皆無ということで、話を聞いて貰い受けてきた。
「俺の勝手な想像で、あと、その通りだとしてもエイルマットがしたことは許されないことだけど……彼は彼なりにシャルロッテを愛していたんじゃないかな?」
「……」
「復讐を考える中で、もしかしたら迷いがあったのかもしれない。どこかでシャルロッテのことを想ってしたのかもしれない」
「……だとしても、あまりに勝手すぎますわ」
「そうだな、勝手だよな」
「ですが……」
シャルロッテは人形を受け取る。
そして、そっとその頭を撫でた。
彼女は優しい顔をして……それでいて、どこか泣き出しそうになっていた。
わたくしの名前は、シャルロッテ・ブリューナク。
名門ブリューナク家の長女で、いずれ後を継ぐ者。
家を継ぐために様々な知識を蓄えて。
より優れた魔法使いになるために、エレニウム魔法学院に通っている。
自分で言うのもなんだけど、成績はトップクラス。
筆記、実技共に問題はない。
目標は首席で卒業すること。
そうやって己の力を示して……
そして、完璧な存在になって家を継ぐ。
それが目標だ。
そんなわたくしには、とある悩みがあった。
男性が嫌い。
愚かな父の影響で、どうしても男性というものが汚く見えてしまう。
浅く、狭く。
どうしようもない愚か者に感じてしまう。
そんな価値観を壊してくれたのが、レン・ストラインだった。
男なのに魔法を使えるという異端児。
男嫌いを公言しているにも関わらず、彼はわたくしに普通に接してきた。
話してみると意外と筋が通った人で、しっかりとした考えを持っていて……
少しだけ心を許すようになった。
少なくとも名前で呼ぶことを許すくらいには。
そして……
復讐を企む父が暴走するという事件が起きた。
わたくしはなにもできず、侍女のフィアと一緒に捕まってしまう。
正直なところを告白すると、あの時は半分くらい諦めていた。
魔法が使えないという状況に詰んでいたのもあるけれど、それだけではなくて、犯人が父親でわたくしを利用しようとしていたこと。
その事実がわたくしの心を打ち砕いた。
どうしようもない愚か者ではあるけれど……
それでも父なのだ。
思うところはたくさんある。
だから、父がわたくしを利用しようとした時、密かに心で涙していた。
でも……
そんなわたくしをレンが助けてくれた。
それだけじゃなくて、父がどこかでわたくしのことを気にかけていることも教えてくれた。
彼には感謝してもしきれない。
なにか恩返しがしたい。
そうだ。
彼をブリューナク家に迎えるというのはどうだろう?
立場に興味がなさそうではあるけれど、魔法には強い関心を持っている。
ウチに来れば魔法に研究がし放題だ。
わたくしも魔法の研究がしたい。
そうして一緒に過ごして……
そして、彼との子供なら産んでもいい……かも?
って、さすがに発想がひやくしすぎですわ!?
なにを考えているの、わたくしは。
まあ……
「そんな未来の可能性も悪くないのかもしれませんね」
――――――――――
わたしは、フィア・レーナルト。
自分に自信がありませんでした。
例えば、新しい物事に挑む時。
まず最初に思うことは、うまくできるかな? というものでした。
がんばろう、とか、楽しみ、とか……
そういう前向きな感情は湧いてこなくて、ただただ不安になっていました。
幼い頃から私はこうでした。
なにをやってもうまくいかず……
どんくさいというかドジというか、失敗ばかりで……
自信は失われていくばかり。
トドメになったのは、シャルロッテさまと初めて顔を合わせた時のこと。
失礼がないように、と両親から何度も念押しをされていましたが……
やらかしてしまいました。
緊張のあまり気分が悪くなり、シャルロッテさまに介抱されてしまう始末。
仕えるはずのお嬢さまの手を煩わせるだけではなくて、ウチの面子を完全に潰してしまった瞬間でした。
幸いというべきか、シャルロッテさまは「あなたおもしろい子ね」と、なぜかわたしを気に入ってくれて……
シャルロッテさまの家族も、子供のすることと本気で怒るようなことはありませんでした。
でも、わたしの両親は別で……
その日、家に帰ると、たくさん怒られました。
泣いても許してくれないほどに怒られて、怒られて、怒られて……
その日から、わたしは自分に対する自信というものを完全に失いました。
なにをやってもダメ。
なにをやっても無駄。
失敗ばかりで、得るものはゼロ。
周囲に迷惑をかけないようにと思い、ひっそりと生きてきました。
ただ、せめて侍女の仕事だけはがんばろうと、一生懸命お嬢様に尽くしました。
その分、お嬢様も笑顔を向けてくれて……
ドジなわたしだけど、これだけはがんばろう、と思えました。
ある日、わたしの世界を、わたしの価値観を壊してしまう人が現れました。
レン・ストライン。
男の子なのに魔法が使えるという不思議な人。
魔法を使えるだけじゃなくて、とんでもない実力を秘めた人。
あっさりとシャルロッテさまに勝ってしまうほどの力を持っていました。
おとぎ話に出てくる勇者様のように、憧れの対象になりました。
ストライン君は気さくな性格をしていて、わたしにも優しくしてくれました。
お嬢様とも仲良くなりました。
わたしにとって彼は、本当に勇者様のような存在でした。
一緒にいると楽しくて、前向きな気持ちになることができて。
そして、勇気をもらうことができる。
だから、お嬢様が誘拐されるという事件が起きた時、わたしはがんばることができました。
なにができたか、そこは怪しいけど……
でも、後悔することなく動くことができました。
一生懸命に立ち向かうことができました。
全部、ストライン君が勇気をくれたおかげです。
あの人のようになりたいと思い、がんばることができたからです。
弱い自分を捨てなければいけない。
どうせダメだから、というつまらない考えを打ち砕かないといけない。
新しい自分に生まれ変わらないといけない。
そんな決意をしました。
ストライン君のおかげで、わたしは変わることができました。
前を向いて歩くことができるようになりました。
それは、まるで魔法のよう
人の心を変えることができる不思議な力。
それこそが彼の持つ本来の力なのかな……なんて、そんなことを思いました。
ストライン君のおかげです。
感謝です。
とてもとても感謝です。
でも……と、不思議に思います。
ストライン君は、どうしてここまでしてくれるんしょうか?
どうして、わたしなんかのために、ここまで……
ストライン君に聞いたら、きっと、友達だからと答えるんだと思います。
でも……本当にそれだけなのか?
気になってしまいます。
友達だから、という理由だけじゃなくて……
他の感情がまぎれこんでいないかな?
なんてことを思ってしまいます。
つまり、なんていうか……
わたしが特別だから……とか?
……っーーー!!!?
そんなことを考えてみたら、ものすごく恥ずかしくなりました。
どうしてわたし、そんなことを……
そうあってほしい、と心のどこかで願っているのかもしれません。
だとしたら……
わたしは、ストライン君のことをどう思っているんでしょうか?
大事な友達?
それとも……
今は、まだわかりません。
わからないけど……
この温かい気持ちを、そっと優しく、大事に育てていきたいと思います。
「ピィ」
肩に乗るニーアがつんつんと頬を突いてきた。
餌をくれ、とおねだりしている。
「ちょっとまってくれ」
すぐに餌を用意すると、ニーアはぴょんとジャンプして餌箱の前に着地。
カンカンと突くようにして食べ始める。
「……こうして見ると、普通の鳥なんだよな」
でも、時々、高い知性を持っているように感じる。
シャルロッテとフィアが誘拐された時なんか、ニーアが導いてくれたように感じたし……
他にも、何度かニーアに助けられてきたように思う。
調べてみたら、ニーアは図鑑に載っていない未知の鳥だった。
各地を旅していたエル師匠が連れていたから、未発見だとしても不思議じゃないけど……
「ほんと、不思議なやつだな、お前は」
「ピー?」
ニーアは小首を傾げるのだった。
「ん?」
ふと、部屋の扉がノックされた。
表に出ると、
「ごきげんよう」
「こ、こんにちは」
シャルロッテとフィアがいた。
ひとまず部屋に招き入れつつ、問いかける。
「どうしたんだ?」
「あら。わたくしが休日に訪ねてきたのだから、もっと喜ぶべきでは?」
「お、お嬢様。そのような上から目線は……」
「?」
なにがいけないの、とシャルロッテが小首を傾げた。
でも、その方が『らしい』と思うので俺は気にしない。
「あら、鳥を飼っているのですね」
「ニーアって言うんだ。家に置いてきたはずなんだけど、どうやってか知らないけど着いてきちゃって」
「ふふ、かわいいですわね」
「本当に。鳥さん、鳥さん、撫でてもいいですか?」
「ピー!」
ニーアは大人気だった。
「ニーアを見に来たのか?」
「違いますわ。危ない危ない、本来の目的を忘れるところでしたわ……ニーアちゃんの可愛さ、恐るべし、ですわね」
「今日は、特訓のお誘いに来ました」
「特訓?」
早朝や放課後に自主練、ということだろうか?
すでに俺はしているが……
シャルロッテやフィアも特訓をするというのは、ちょっと意外だ。
シャルロッテの成績はトップクラス。
フィアも上の下というところで、悪くはない。
「これ以上鍛えてどうするんだ?」
「決まっていますわ、優勝を目指すのです!」
「優勝?」
なんの話だ?
「えっと……レン君は、もしかして知らないんですか?」
「なにを?」
「魔法大会です」
え、なにその面白そうな大会。
「知らなかったみたいですね……」
「ふふん、なら特別に教えてさしあげますわ!」
「うん、教えてくれ」
「……素直ですわね。まあいいですわ。かいつまんで説明すると」
エレニウム魔法学院、魔法大会。
それは、学期末に行われる、学院で一番優れた魔法使いを決める大会だ。
中等部高等部、学年関係なく全校生徒で競い合い、頂点に立つ者を決める。
負けてもペナルティはない。
しかし勝者は複数の特典が与えられる。
賞品を手に入れるために。
あるいは栄誉を手に入れるために、数多くの生徒が魔法大会に参加するのだという。
「へぇ、そんな大会があったんだ」
「強制参加というわけではないので、参加しない方もいますが、ほとんどの方は出場しますわね」
「負けてもペナルティはないですし、優勝しなくても、それなりの順位でそれなりの賞品がもらえるんですよ」
「賢者の石とかもらえる?」
「最高峰の魔法触媒をもらえるわけないでしょう。学食無料券とか賞金とか、そういったレベルのものですわ」
「残念……」
「あ、でも。国が管理する機密図書館の立ち入りが許可される権利、とかもありましたよ」
それは興味がある。
一般に立ち入れない図書館なんて、レアな魔法書が眠っていそうだ。
「レンも出場するものと思い、特訓に誘いに来たのですが……」
「レン君はどうするんですか?」
「もちろん出場するよ」
そんな話を聞かされて、出場しないなんて話はありえない。
賞品がおいしい。
ただ、なによりも競い合うところが素晴らしい。
前世は、誰よりも強くあろうとした。
今世ではその目的はちょっと変わりつつあるけど……
それでも、自身の力を試す場というのはわくわくしてくるものだ。
「じゃあ、これからは一緒に特訓ですわね」
「ああ、よろしくな! 朝晩みっちりやろう」
「えっと……で、できれば手加減していただけると……あぅ」