「晴、ゴメンね」
「いい。許す」

「ーーーええっ!? ウソ・・許すの??」

きっとタダではすまされない、って思ってた。だって駅で会った晴は寒気がするほどの恐ろしさだったのだ。きっとうんと怒られて、ガミガミと説教をくらい、エッロいお願いのひとつやふたつでも迫られんじゃないか・・というのが私の予想だったのだ。

なのに、それが。

なぜ、どうして。
この菩薩のような対応はなんだ。

思わずお布団に肘をついてガバっと飛び起きたら、仰向けに寝っ転がった晴が私のほうへ顔を向けて、照れ臭そーうにモゴモゴとささやくのだ。
「おまえさあ、逃げ出す時に『晴、助けて!!』って叫んだんだろ?」って。

「え!? 知らない。そーなの!?」

って聞き返したら、暗がりで私の頬を撫でていた晴の手がピタリと動きを止めた。
「ーーーハア!? おまえ、覚えてないの!??」
「だって怖かったし、必死だったし・・あの時自分が何言ったかなんて思い出せないよ」
あからさまにガッカリと肩を落とした晴が、なんじゃそりゃとため息をつく。
「でもまあ、いいか。無意識でも」
ブツブツとつぶやいて持ち直した晴は、笑いながら追加の暴露をはじめた。
「んじゃこっちは覚えてる? おまえ『ごめんなさあーーーい!!』って叫びながら逃げてったらしいぞ。あーダサい」
「ああ・・それだけはなんとなく覚えてる・・」

あの色気のカケラもない叫び声。引き返して「愛人にしてください」って頼んでも、アレじゃあ、お断りされてたかもしれない。
私も晴とおんなじ。似てるのは顔だけで、色っぽかったママとは中身が似ても似つかない。こんな私が愛人やろうなんて100年早かった。

「一花ってさ、怖い夢みたりして『助けて!!』って時、絶対に『ママ!!』ってゆーんだよ。オレ、何べんか聞いたけど」
「ああ、そうかも。ママって言っちゃう」
「んでもさ、おっさんにヤられそーになった時は『晴!!』ってオレの名前呼んでくれた。オレ、それがスゲー嬉しくて・・」
と、晴が言葉をつまらせる。

「んだから許す。今回だけは」
「晴うう、ありがとう・・」

万感の思いでそうつぶやくと、晴がそおっと私の頭をひきよせて唇を重ねた。