「いってらっしゃーい」と釣りに行く晴を送り出してから、私は出かける準備にとりかかった。簡単に晴のゴハンの準備をした後でシャワーを浴びる。持ってる中で一番大人っぽいワンピースに着替えて、いつもは下ろしてる髪をくるくるっと高い位置にまとめた。うなじを丸出しにしてオッサンをユーワクするために。
顔は似てても、私にはママのような色気がない。ガキだと思われて「やっぱやーめた」なんて掌返されたりしたら、愛人計画なんかパーである。
洗面の小さな鏡の前に立ち、ブラシ片手に限界まで首を捻ってうなじと髪型を確認。

「ヨシ。こんなもんか」

約束は18時。待ち合わせ場所は、坂川駅の裏にできたばかりのホテルのロビーだ。最上階にある、たっかいレストランでごはんをご馳走になることになっている。
居間のちゃぶ台に『今夜は遅くなります。ごはんは外で食べてきます』ってメモを残して外に出た。
玄関の扉に鍵をかけて顔を上げると、久々に潮の香りを濃ゆく感じる。それはいつのまにか慣れ切って、すっかり忘れちゃってた海の匂いだった。

嫌いじゃなかったな。この匂い。
もうすぐここともサヨナラか。

海くさい空気をすんすんと吸い込みながらバス停に向かって歩いていると、堤防の隙間から釣りをしてる晴たちの姿がよく見えた。

友達できてよかったね、晴。
アジ、釣れるといいね。

釣り竿とバケツをかかえて帰ってきた晴が、私の残してきたメモ見て首をかしげる様子はーーーなるべく想像しないようにした。