その夜は、山ほど長ネギを刻み込んだ三花さんの麻婆豆腐をご馳走になった。
仕事の前日には飲まない三花さんが、今夜はビールを飲んでいる。
枝豆、砂肝、七味をたっぷりかけた大根おろしに、出汁巻き玉子などなど。夕飯のオカズも自然、酒のつまみ的なモノがずらりと並ぶ。

「一花ちゃん、いっぱい食べてね」
「・・ハイ」

ほろ酔いの三花さんがちらちらと私の顔を窺っているのは、泣いたのがバレバレだからだろう。きっと心配かけてるんだろうなあと思いながら私は枝豆に手を伸ばした。
実際、私は少々泣き疲れていた。もうカラ元気を装う気力すらない。
ただし食い意地だけは健在で食欲はあった。麻婆豆腐をぺろりと平らげて、もっそもっそと枝豆をかじる。

どうしよう。
結局、晴をひきとめるカタチとなってしまったーーー
キスしてた時はよかったのだ。不安よりもシアワセの割合が勝ってたから。だけどごはんに呼ばれて下におりた途端、私はまた怖くなった。

暗い目をしてぼおっと呆ける私の手から、晴が空になった豆の鞘を引き抜いて、かわりにぷっくりと太った美味しそうな鞘を握らせる。
「一花は食ったら元気になるもんね。出汁巻きも食う??」
「うん、食う。出汁巻き大好き・・」
取り箸に手を伸ばそうとする私を追い抜いて、玉子をつまんだ晴が素早く私の口へとそれを放り込む。
「むぐぐ・・ありがと」
晴のこーゆう構いたがりでおせっかいな一面はすでに三花さんの知るところでもあり、今夜もまた「やめなさいよ、晴くん。世話焼かれすぎんのって、うっとーしいんだから!」などと三花さんにツッコまれ、「うるせーなあ」と晴が口を尖らせる。

「はーあ。こんなに仲いいんだもん、離れるなんてイヤだよねえ・・あんたやっぱり先輩のとこには行かないの?」
「行かない」
そう答える晴の顔にはやはり迷いの色はない。