胸の中で『寂しい』がドンドン膨らんでゆく。
だけど言えない。寂しいって言っちゃったら、その次はきっと行かないでって言っちゃうから。
晴の重荷にはなりたくなかった。絶対に。
貝のように口を閉ざして黙り込む私に、晴が怒る。

「どーして寂しいって言えねえの!? もしかしておまえ、平気なの??」
「そんなわけない!!」

私の気持ちなんかひとっつもわかってなさそうな晴を思いっきり睨んでやるつもりだったのに、顔を上げて晴の顔を見た途端、私の胸はパンパンに苦しくなった。

「だ、だって・・寂しいなんて言っちゃったら私ーーー」

きっと。ソレを言ったが最後、私は『寂しい』の奴隷になる。
そんなことになったら何を口走るかわからない。晴の背中なんかもう絶対に押してあげられなくなる。

すでに鼻の奥がつーんと痛い。引き結んだ唇はふるふると痙攣をはじめ、そこに「ひっく」とひとつ喉が鳴った。

マズイと思って顔を背けようとしたのに間に合わなかった。
「晴、手え離して!」
「ヤだ」
晴の両手にガッチリと顔を挟み込まれて逃げられない。
正面からジロジロと露骨な視線を注がれる中、瞼のふちで膨らみ続けていた涙がついに限界を迎えた。ぽろぽろとこぼれる涙を隠すことも拭うこともできない。

「ねえ、『行かないで』は?」
「もうやめてよ、我慢できなくなる!! 一緒にいたいって言っちゃうじゃん!!」
わんわんと泣き出した私におでこをこすりつけて、晴が満足そうにささやいた。
「そばにいてよ。それだけでオレは幸せだから」
「私、晴といていいの?」
「いーの! ずうっとそう言ってんだろが」

晴が言う。

「いーか、よおく聞け。オレは一花じゃなきゃダメなの。一花とでないと幸せになれない」
まるで何かの呪文でも唱えるように、もう一度、晴が全く同じ言葉を繰り返す。
「一花じゃなきゃダメ。一花とでないと幸せになれない。わかった?」
「・・・・わかった」

ほっぺに添えてた両手をぐぐぐと引き寄せて、晴が唇を塞ぐ。
涙にまみれてはじまったこの日のキスは、いつものキスとはまるで違ってた。
はじめてする深ーいキスにのみこまれて、あっという間に何も考えられなくなってゆく。
キスで麻痺した私の脳ミソは、晴の「いーの!」にズブズブと流された。

もうなんでもいい。晴といたい。
だって晴が言ってた。
私じゃなきゃダメだって。
私とじゃないと幸せになれないって。
それならもうーーーこのままで、いいんじゃない・・?

本音を言えば晴が消えちゃう未来なんて考えられないのだ。許されるものならこのままずうっと、晴と一緒に・・・・

閉じていた目をうっすら開ければ、どっぷりとキスに溺れる晴の顔が映り込む。
無性に『好き』って言いたくなった。
どこにもいかないで、って縋りつきたい。

「晴ーーー」

甘える気満々でぎゅっと握りしめた晴の胸元、制服のポッケの中で遥さんのメモが私を戒めるみたいにカサリと小さく音をたてた。
途端にギギギとブレーキがかかる。

「ーーーとりあえず遥さんのおうちに行っておいでよ。むこうのおうち、見ておいで」
ポケットからメモを抜く私の手を掴んで、晴がまた唇を塞ぐ。
「ふたりで行こう。一花も一緒に」って。