夕食を作ってくれるという三花さんに甘えて私と晴は一緒に2階へ上がった。
部屋に入るなり、後ろからぎゅうっと抱きついて「一花あ、キスしていい?」なんて言いはじめる晴をひっぺがし、私は畳にキチンと正座して晴に向かい合ったのだ。

「晴、真面目なハナシがある」
「結婚やめるとかゆーなよ」
「ーーーよ、よくわかったね!?」

まさに今、私は婚約破棄について切り出そうとしていたところなのである。
だって高校生の晴に結婚の約束だなんて、どー考えたって重すぎる。おまけにあれは、高卒しか選択肢のなかった時に交わした約束なのだ。あんなもので晴の未来を縛りつけておくわけにはいかない。
とりあえず、まずはアレを白紙に戻さなきゃ・・と、私は考えていた。

「ねえ、大学行ってよ。私、晴の足引っ張りたくない」
「引っ張ってなんかない。全然」

そう、晴は言うのだが。

私をみつめる晴の目がニッコリと弧を描く。
正面から伸びてきた手が、それはもう、大切に大切に私の頬を包んだ。
「すっげえ好き・・オレには一花さえいてくれれば、それでいーんだよ」
ため息混じりの甘やかなつぶやき。
恋にのぼせた男が切なげに私をみつめる。

「一花置いて向こうになんか行けない。絶対に」

・・ほらこれ。やっぱり私が足引っ張ってる。
晴がここに残るってゴネてるのは、間違いなく私のせいだ。

へへへとユルんだ顔した晴に頬を撫でられながら、だけどね・・?と、私は静かに目の前の恋人をみつめた。

一時の気の迷いで軽はずみな選択をすれば、きっと先で後悔することになる。

たとえば。
愛が冷めた時。
お金が必要になった時。
学歴のことで悔しい思いをした時。

どうしてあの時自分は・・って思っちゃうと思うのだ。
なんせ私が晴から奪ってしまうモノは、どれも取り返しのつかないモノばかり。失われた機会と時間は二度と戻ってこないのだ。

チョット想像してみただけでもう胸が苦しい。
私だって晴が大好きなんだもん。だからこそ、『恋は盲目』を地でいくような今の晴が心配で心配でたまらない。

「・・・・いーや、そんなのダメ!! 私のせいで晴の未来を潰すわけにはいかないよ。だからお願い。せめて結婚のハナシは一旦白紙にーーー」
って言いかけた時。晴がすんごい勢いでガバリと私に抱きついたのだ。
「イヤだ!! どーしても行けっつーなら、結婚して夫婦で行く!!」
「えええ、冗談でしょ!? 大学通わせてもらうのに妻帯の居候とかありえない」
「だから行かねえつってんの!」

「ダメだよ。晴は向こうへ行って」
「イヤだ。絶対行かねえ」

コドモのように駄々をこねるデカイ男を眺めつつ私は考えた。
このままじゃイカン、私がなんとかしなくては・・と。
なんたって、これは晴に訪れた奇跡のような一発逆転のチャンス、千載一遇の好機なのである。女にウツツを抜かしている場合ではナイ。