「初まりの恋」


これは僕の初まりの恋の物語。


中学3年生の秋、僕は早見あかりに恋をした。初恋だった。

本当の初恋だ。もちろん幼稚園の時や小学校の時に誰が好きと言われたら誰々が好きとは答えてきたけど今思えばそれはあくまで子供の恋愛だった。中学生も子供だという自覚はある。
だけど今日、僕は間違いなく初恋に落ちた。


夏休みが終わり1週間ほど後の事だ。


受験生ということで普段寝ているクラスメイトも授業を聞かなくてはといつもより必死に眠気と戦っている。

その横で早見あかりは一心不乱に黒板に板書されている文字を見つめていた。僕は凛とした姿でノートに記入し、大事な所は赤色のボールペンで書いている姿に見惚れてしまった。その時の彼女は卒業アルバムのカメラマンが入ればそのシーンをくり抜くだろうとさえ思えるくらい日常のワンシーンに美しさがあった。僕の心臓が少しだけ逸った。


それから同じ班だということもあり授業中でも授業終わりでも何かと喋る機会があった。そして常に心臓が逸りドキドキしている事が分かった。あの瞬間僕は恋に落ちたのだと自覚した。


「藤谷、ちりとりちょうだい」
彼女は発声のいい声で僕に声をかけてきた。
「はい」
「ありがとう」
「藤谷は志望校どこにしたの?」
「西下高校だよ。早見は?」
「私は東高だよ。」
やっぱりと思った。

夏休み前に早見が友達と喋っているのを聞いていたので夏休み中に変わってくれればいいのにと淡い期待をして聞いたが見事に現実は甘く無かった。
 
持っているプラスチック製のちりとりですら重く感じた。

「じゃあ、高校では別々だね。残念」

僕は心の中の本音を軽口で装って口にした。

早見とは小学校の頃から一緒だった。

早見の行く東高は西下高と比べれば偏差値は10ほど高い。だから夏休みを使ってなんとか西下高校をC判定にした僕には到底行くことは難しい高校だ。

9年間ただ学校に行けば会えるとういう事実があったのにこの先の3年間はそれが不可能になるなんて考えただけでも辛かった。

ちりとりに集めたゴミを捨て教室に2人だけの僕らは必然的に
一緒に帰ることになった。

「藤谷はさ志望校行けそう?」

「このまま行けばかな?一応夏休みの時に模試がC判定だからここから一気に追い込めれば問題ないと思う」

「おーいいじゃん!応援してるから頑張って!」

「ありがとう。早見はどう?第1志望校合格できそう?」

「うん!私も模試がB判定だったからこのまま順調に行けば受かるかな。まあ油断は禁物だからしっかり勉強して頑張って受かるよ!」

「そうなんだ。さすが学級委員長」

「いや、それいじってるでしょ」

「そんなことないよ。本当に早見の事凄いなって思ってるよ。それに応援してる」

僕は少し照れくさく言ってしまった。
もっとさりげなく言える方が女子的にはいいと何かの動画で見たけど、そんなの凄く好きな子に対してすぐ出来たら苦労しないと思う。


好きになればなるほど難しい。

「ありがとう。なんか照れくさいけど」

早見は少し笑いながら肩にかかっている髪を耳にかける。

僕はその仕草だけでも心が揺さぶられてしまった。

ちらっと横を見るとその綺麗な髪に輪郭がスッとしており、

中学生にしては少し大人な感じがするけどまだ何処か子供っぽさを残した

顔が思ったより近くにありほんの少しだけ距離を空けた。

友人に早見の事を聞くと可愛いとは思うけど学校の中だと中くらいかなと
言われた事があった。

初めての恋でどうすれば解らず友人に相談しようとしたのに

そんな事を言われたので僕はそいつを無言で殴ってやった。

確かに僕も意識してない時はそんな事を思っていたけど
いざ意識してみると全然そんな事なかった。

学校どころか今若手で活躍している女優やアイドルなんかよりずっと綺麗で可愛かった。そんな存在だという事を理解してほしいと思ったがこれは僕だけが知っていればいいと思って言うのを辞めた。


1キロ程歩いた所で信号が赤になり僕らは歩みを止める。

近くには小学生の安全を見守る人だろう。緑のビブスをきた父兄の人が立っていた。

おそらくカップルか何かと思ったのだろう優しい笑みで微笑んでいた。

勘違いですよと否定するわけにもいかず見てみぬふりをする。

「早見って付き合ってる人とかいるの?」

僕は2人きりになる機会はそうそうないと思い勇気を振り絞り聞いた。

「えーいない!いない!どうしたの急に?」

「いや、最近みんなやたら付き合い始めてるしさ、
早見っているのかなって思っただけ」


最近受験生だというのに学校では付き合う人間が多発しているのだ。

9月という季節がそうさせているのかクラス内の何人も付き合いだして
揶揄われたりしている。


「あー確かに。なんなんだろうね。あれ。ほんと受験生なのにダメだと思う。
大体今付き合ったら絶対毎日会いたくなっちゃって勉強どころじゃなくなりそうだしね。」


僕は心の中で安堵した。

まだ安心はできないけど少なくともすぐには付き合うことはなさそうだという事実が嬉しかった。

そして安堵しているうちにお互いの分かれ道に来ていた。

早見と僕は互いに手を振りそれぞれの帰路に着く。

その日の夜僕は嬉しくて勉強が捗った。
心中にあるオモリが落ちたようだった。今まで解けなかった問題も解けたし、英単語の覚えも日頃より速かった。ちょっとしたことで一喜一憂するのはあまり好きじゃないけれどなんだか今はそれが楽しいと思えた。


そして、季節は巡り11月。

僕は友達の坂井翔と2人で帰路に着いていた。

「それにしてもやっとカップル成立ブーム収まったよな」

「ほんとだよ。まあその内の1人に言われても嫌味にしか聞こえないけどな」

「あーごめん。悪気はないんだよ」

「嘘つけ。今の言い方は悪気しかなかった」

翔はごめんごめんーと笑いながら言い手を振る。まるでひょうきんものだ。

翔とはクラスメイトでもあり、サッカー部に所属していた頃からの仲だ。

今は通っている塾も一緒でなんだかんだ一緒にいることが多い。

約2ヶ月続いたカップル成立ブーム組の一人である翔はマネージャーと付き合うというなんとも王道を貫いた男だ。一見チャラそうに見えるが心の中にしっかり自分を持っており、芯があるから彼女もきっと幸せにするだろうと思う。


口には出さないが。


「藤谷は好きな人いないの?」

 一瞬ドキッとした。しかし僕はすぐに否定した。

「うん。いないよ」

「そうなんだ。ま、今は受験に集中するべきだよな」

「翔には言われたくないけどな」

 翔は笑いお互い別れた。

正直、翔に相談しようかとも思ったけれど自分の気持ちは一番に当人に言いたかったから僕は言わなかった。

当人以外に伝えてしまっては手で水を掬った時のように気持ちが溢れでる気がしたから。
 

晴天が空一面に広がる土曜日僕は地元の図書館の前にいた。

目の前には車道があり少しエンジンの臭いが鼻腔を擽る。だが、その不快さも今から会う人を思えば苦ではない。

そんな事を心の中で呟いていると横から声がした。

「藤谷、ごめん待ったー?」

それは早見あかりの声だった。見れば白シャツの上に袖なしのニットベストを着て下は腰の辺りから徐々に広がるブラウンのロングスカートだった。さらに白ソックスにブラウンのローファーと秋らしい服装だった。

思わず赤面しそうなくらい似合っており心が踊った。

「全然だよ!今きた所!」

緊張して声がうわずった。

本当は遅れては行けないと集合時間の30分前に着いており、途中で買ったペットボトルも半分ほど飲んでしまった。

しかし案の定早見は集合時間の10分前に来ており早く来過ぎてしまったのはむしろ正解だと感じた。

僕達は自動扉を抜け、少し暖かい空気に迎えられて図書館の中に入った。

この図書館は4階立てになっており1〜3階が図書館と自習室が併設されており、

4階はイベントスペースになっている。

2・3階は夏目漱石や太宰治など所謂文豪たちや現代作家の本がある
一般図書コーナーだ。

そこの自習室は静かさが要求され、とても和気藹々と出来る雰囲気ではない為僕達は1階にある丸型の机に座った。

1階は児童書などが置いてありまだ小さい子がいたりと比較的喋っても注意されにくいのでそこを選んだ。

お互い荷物を置き勉強道具を取り出す。

なぜこのような状況になったかというと、前日早見にメッセージアプリを使って二人で勉強会をしないかと誘ったのである。本音を言えば京都や大阪の観光名所などでデートらしいものをしたかったがあくまで受験生の身。さらにその場所に誘った所で来てくれるとは限らない。そんな事を半日グルグルと考え、行き着いた答えが地元の図書館での勉強会だ。


僕達は受験科目でもある数学を互いに取り出した。
せっかく2人で勉強するのだから暗記系ではなく論理的思考が必要とされ、理解が難解な数学をやろうと早見からの立案である。

始まって30分僕は問題を解いてはページを捲り解説を読む、を繰り返していた。

早見の方をチラッとみると集中していた。そもそもの受験校が違うだけの問題の質も違うので集中する必要があるんだなと関心してしまった。

同時に自分の中のやる気スイッチも入り机の上にある問題集に
目を向けペンを走らせた。

本当はお喋りしながらなど考えていたけど同じ空間で同じ時を過ごしていることに居心地の良さを感じていた。

お互いが勉強に励んで1時間が経った頃早見が声をあげた。

「んー疲れたー」

腕を天に伸ばして服がずれる。

その当たり前の原則で早見の体のラインが見えてしまい思わず目を逸らした。

「お疲れ様。めちゃくちゃ集中してたね」

「藤谷こそ頑張ってたじゃん!横で頑張る人がいたから私も頑張れたよ。普段はもう少し休憩しながらやるもん」

嬉しかった。

早見が僕と同じことを考えている事に。さらには僕が頑張っていたから自分も頑張れたなんて自分の存在意義が証明された瞬間でもあったから余計に嬉しく感じて体の内側が鉄板のように熱くなる。

「いやいや、こっちこそ横で勉強に集中してくれてたおかげで頑張れたよ。普段は休憩して携帯見て、勉強しての繰り返しだけど今日はいつもより集中出来たよ」

「えーありがとう。そう言ってくれると来たかいがあったよ。勉強誘ってくれてありがとね!息抜きにもなるし助かったよ」

「こちらこそありがとう!急に誘ったのに来てくれて!」

早見は全然だよって言ってくれた。

そこからは互いに分かりづらい所を教えあったりした。
大概僕が教えられる側なのだが。ほんの一部は教えることができたのでなんとか男子としての体裁は保てたと思う。うん。きっと保てた。


ぐう。
突如自分の頭とつま先の間くらいに位置する箇所から音が鳴った。
しかし、僕は気づかないふりをして話しかける。
ぐう。
「ふ、ふふふふ藤谷お腹鳴り過ぎ」
「やっぱり聞こえてた・・・?」
「うん。でも周りはお喋りに夢中っぽいから私しか気づいてないと思うよ」
彼女は手を口に押さえながら笑いを堪えるように言った。
「でも早見には聞こえてるじゃん・・・」
「ま、それはね?」
彼女は笑いながら言う。
「私もお腹空いてきたしコンビニで何か軽食でも食べようか」
「うん。そうしよう。でも今はなんだかその優しさが辛い」
 
早見は三度笑い僕達は教材などを手持ちのカバンに入れて外に出た。
図書館から出て左側にあるコンビニは徒歩1分の距離にある。
コンビニの自動ドアをくぐりお菓子コーナーやレジ近くにある揚げ物系のコーナーを見る。


僕はガッツリ過ぎない軽食が食べたかったので揚げ物コーナーの唐揚げとアメリカンドッグを頼み、早見は季節外れのアイスを買っていた。

僕達は店内にあるイートインスペースへ向かい買ったものを食べる。

軽く店内を見回してひとりごちてに呟いた。

「コンビニって便利だよね」

「あー確かに。道歩いてれば絶対にあるもんね」

「それもあるけどさ、配列はどこの店舗に行ってもあまり変わらなくて、さらにお店は大きくはないとはいえどこになんの商品があるかは大体わかる訳じゃん?だから迷わないし商品を素早く買うことができるようにして回転率を高めるシステムができているって事が便利だなって思ったんだ」

「そういうの考えれるってすごいね。私なんか全然考えずに買っちゃてったよ」

「いやいやこれは経営とか個人的に興味があったからなんとなく思っただけで本当にそういう狙いがあってお店を作ってるか分からないから」

早見がグッと椅子から浮いて言う。

「十分すごいよ。だって疑問を持つって大事だと思うもん。昔の発明家だってもっと早く移動するにはどうしたらいいんだろう?地震で崩れない家にするにはどうしたらいいんだろう?って考えて考えて今の世界があるんだと思う。だから疑問を持って何か答えを導き出すっていうのは生きていく上でとても重要なんだと私は思うんだ。だから藤谷はすごいんだよ」

「えー僕はそういう考え方ができる方がすごいと思うけどな」

本心でそう思う。

「ありがとう。まあ受験生だし出てきた疑問は徹底的に潰さないとダメだけどね」

「急に現実に戻さないでよ」

早見の知らない一面を見れて嬉しく思った。
人の事を尊重できて尚且つ自分の意見も伝える事を厭わない。
そういう早見の人格の核の一端を垣間見えた気がしたからだ。


それぞれの軽食を済ませ再び図書館に戻る。

運がいい事に出ていく前に勉強していた机は今も空いていたので
僕達はそこに座る事にした。


そして食後の眠気とも闘いながら分からない問題はお互いが教え合い、
出来るだけ分からない問題はなくすようにしていった。

先程までは数学を解いていたが今は英語の勉強している。

理由は早見は長文読解が苦手で今も苦戦しているからだ。
 
しかし僕は何が得意と言われれば英語と答えれるくらいには英語の点数はいい。
なので僕も問題を解きながら早見から分からないと声をかけられれば教えるという形だ。


気づけば時刻は19時になる。
時計の針がその時刻を指すと同時に館内放送が流れた。

内容は中学生はこの時間は利用できないので帰宅を促すものだった。
周りを見渡せば何人か帰宅の準備を始めていた。

「僕達も帰ろうか」
まだ一緒にいたいという思いを胸に噛み締め言った。

「うん。そうだね。ちょうどキリもいいし帰ろうか。」
帰路に着き2人で自転車をこぎながら帰る。

「今日は色々助かったよ。特にあの長文読解はよく分からなかったから本当に助かった。家でやってたら絶対行き詰る所だったー」

「早見ならなんだかんだ自分だけでも解いて気はするけどね」

「藤谷は私を絶対過大評価してるって!私そんなできるやつじゃないからね!」

「いやいや、早見あかりさんはすごくできる人物だと認識しております」

「本当そういう所ダメだと思うよー」
僕達は笑いながら帰った。

早見といると僕は笑顔になれる。
それは早見も一緒だといいなと思う。

学校は違うけど2人で第一志望校に合格できたらいいなと思う。
隣にいつもいるのは自分でありたいとも思う。

傷ついた時や泣きたい時にはいつでも自分が1番に駆けつけたいと思う。
 
そんな思いを巡らせながら季節の風を感じて早見の家の近く前まで送り別れた。

そして僕は早見あかりに心底惚れている事を改めて実感した。
早見の行動や言葉で一喜一憂し誉められた時には舞い上がりそうになる。


受験が終わったら「告白」しよう。今この思いを伝えてしまうときっと早見の迷惑になるから。僕は今にも喉元から出てしまいそうな言葉を丹田に押し込めた。



「そういえば見た?早見、彼氏と帰ってたな」

それは突然のことだった。
一瞬景色が真っ暗になり自分がどこに立っているか分からなかった。

さっきまで12月らしいイルミネーションの光が視界の端々に見えていたのに急に全ての電気が落とされたようだ。

無限に感じる時間をよそに声をかけられる。

「おい、藤谷。聞いてる?」

突如友達の顔が自分の目の前に来ていて思わずのけぞった。

イルミネーションの光も映る。

翔だ。
思い出した。
僕は塾の授業が終わり今から翔と一緒に帰る所だったんだ。

気づいた時には背中に汗を感じた。
サッカーの公式戦などによくある汗のかき方だった。

翔の先ほどの言葉を反芻した。しかし頭では理解できなかった。

「今、早見が彼氏と帰ってたって言った?」

「うん。今日の放課後みんなが帰った後くらいに俺見たんだよ。早見が齋藤と手を繋いで帰るの。委員会で残っててさー偶然」

「へーそうなんだ。そっか。全然知らなかったよ・・・。」

齋藤という苗字には心あたりがあった。
あまり喋ったことはなかったけど他クラスの元野球部だ。
身長が高くて野球もうまい。体育祭などでもリーダーシップを
とっていたから覚えていた。


それからの帰り道翔が何かを喋っていることはわかっていたが
僕は何を喋ったか分からない。多分何も返せずに生返事をしていたと思う。

その日のご飯は味がしなかった。

母は僕にご飯を作ってくれた後ソファに座り、テレビを見ていた。

正直助かった。僕は気を抜いてしまえば涙が出てきそうだったからだ。

いつもより駆け込むようにご飯を食べる。
母は勉強を頑張る為だろうと思ったのだろう、
こっちを見たが特に何言わずに再びテレビを見た。

ご飯を食べ終わると食器をシンクに入れ水に浸す。

水道から溢れる水はまるで今の自分の心境を表しているようだった。

すぐに自分の部屋に戻る。明かりをつけて勉強机に頭を伏せた。



なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。


全くそんなそぶりなんてなかった。
二人が学校で会話しているところなんてほとんど見たことない。
なのになんで・・・。

僕は訳も分からす自分の頭の中をいじめた。

と同時に自分の愚かさに気づいた。
なんで僕は受験が終わるまで早見が誰とも付き合わないなんて思ったんだろう。

なんで他にも早見のことが好きな人がいることを想像できなかったのだろう。
なんでもっとアプローチをしなかったんだろう。なんで気持ちだけでも伝えなかったんだろう。

後悔が自分の中で募っていく。
積み上げられたものが涙となって体から溢れた。
「うう、うううう・・。ヒク。」

家にいる家族に気づかれたくなくて僕はぶかっこうに静かに泣いた。



次の日、僕らは図書委員の仕事で最後に図書室を掃除していた。

正直2人にはなりたくなかった。
だけど聞くなら今しかないと思い乾いた口を動かす。

「昨日翔から聞いたんだけど・・・早見、彼氏できたの?」

「え?」
彼女は驚いて少しの沈黙が流れる。

「あー実はそうなんだ・・・。その告白されて・・・」
早見は照れた様子でこちらを見る。顔はまるで夕日に照らされているような赤色だった。

それに比べて僕の心の中は真っ黒だ。
何層も何層も黒で塗られて皮が剥がれそうな気がする。

「やっぱり、そっか。おめでとう」

「ありがとう」

「早見はてっきり受験が終わるまでは恋愛とかしないのかなって思ってたよ。ほら前にも似たようなこと言ってたし」

「だよね。私もそう思ってたんだけど・・・。その彼からの押しに負けちゃって。あ、でもお互い時期が時期だしあまりデートとかはしないようにしようってなってるんだ。ほら!もう受験まで1ヶ月半くらいしかないしさ!」

「これで受験落ちたらシャレにならないしね!」

僕は精一杯笑った。
いや笑えたかどうかすら危うい。だけどこれが今自分にできる
精一杯のことだった。


好きな人本人から付き合ったと直接聞くというのは思ったより堪えるらしい。

少しでも希望があったから一緒に勉強したりたまに帰ったり、そんな小さな出来事を積み重ねていたから僕は悔しかった。

その後早見はもうそういうのやめてよねーといつもと変わらず僕に言葉を投げかけてくれた。

「お互い受験頑張ろうね!」

「うん!」

そう言ってお互い別れた。

ついこの前まではこれくらいの会話が出来ただけで一喜一憂して心が弾んでいたのに今となってはもう弾まない。

あるのは悔しさだけだ。

正直本当にきつい。昨日は1時間くらい泣いて布団に入ってからも寝れなかった。
本当に寝れたのは朝6時を回ってからだった。

だから僕は勉強を頑張ることにした。今は受験の事だけ頑張ろうと。
心に空いた穴を埋めるように僕は一心不乱に勉強した。


春の兆しが見える3月。僕達は教室にいた。

みんな胸にはお揃いの花がつけられておりお祝いのムードに教室が包まれる。
受験はというとクラスのみんなが第一志望校に行けたわけではないけれど、僕や早見、ついでに翔は見事志望校に合格できた。

早見はどうやら本当にあまり会わずに受験まで過ごしたらしく
その事を友達にいじられていた。

先生が教室にきて最後の挨拶をする。

その言葉に生徒の何人かは涙していた。暖かい涙だ。

意外なことに翔が泣いていたことには驚化された。こういうので泣くやつとは思わなかったからだ。この後いじってやろうと心の中で小さな誓いをたてた。

先生からの最後の言葉が終わり各々散らばり教室で写真を撮る。
僕や早見もそれぞれの友達の所へ行き写真を撮った。

「ほら、もっと寄ってよ」
「いくよーはい、チーズ!」
「ねえ、一緒にとろー」
「ほら男子も一緒に1」
「先生も最後に撮ろうよー」
「あー私もとりたーい」
「テニス部この後集まったりするの?」
「これ、卒業アルバムに何か書いて欲しいんだけど・・・」
「あ、俺も・・・。書いてほしくて」
いつもより賑やかに色々な声が飛び交う。だけど不思議と気分が悪くならないうるささだ。

その心地よさにしばらく身を置いて置きたかったけど僕は彼女の元へ歩き出した。


「早見!卒業おめでと」

「藤ヶ谷こそ!卒業おめでとう」

「ありがとう。楠木先生がさ、最後に図書室で写真撮りたいから来てって言ってたんだけど今から行ける?」

楠木先生とは図書委員の先生で同時に図書室の管理人である。

僕も早見もよく図書室の掃除を終わった後にはお菓子とかもらったりしていた。

「行けるよ!行こ行こ!」 

どうやら早見も卒業ムードに当てられてテンションがいつもより高い気がする。
 
図書室に行くまでの道は短い。だけど今はその短さが助かる。

いつもの日常の風景にどこか情緒を感じながら歩み、僕達は図書室についた。

「楠木先生ーあれ?いない?」

早見は不思議そうに言った。

「ごめん、早見。楠木先生はいなんだ」

僕は卒業式という門出の日に嘘をついた。

楠木先生はいない。先生にお願いして僕達だけが使えるようにしてくれるようお願いしたからだ。

ある言葉を伝えるために。

「早見。僕早見の事が好きだ。僕と付き合ってください」


髪が綺麗な所が好きだ。
しっかり芯は持っているのに偶に人に流されやすいところが好きだ。
勉強をしっかり努力できるところが好きだ。
人に優しくできるところが好きだ。
誰かが困っていたら必ず助けるところが好きだ。
人を仕切るのはそんなに得意じゃなくても頼まれたからには最後までやりきろうとするところが好きだ。


もっともっと好きなところを上げればキリがないくらい好きなところがある。
だけど僕は1回の好きに全てを込めた。

早見に届くように。役者が観客まで感情を伝えるように。サポーターが選手に声援を送るようにこの気持ちを全て詰め込んだ。

静寂が流れる。

卒業生や先輩を見送る為にきた在校生の声すらも聞こえない。

アダムとイブのように今この世界には2人だけだと錯覚するには十分な静寂だった。
その静寂を破ったのは早見だった。


「ごめん・・・」


予想通りの3文字が鼓膜に響く。

頭がトンカチで殴られたような痛みがした。

当然だ。好きな人から愛の告白を断られたのだから。

だけどこの日に、この場所で、早見にとって罪悪感が残る日にしたくなかった。

「早見。僕の気持ちに応えてくれてありがとう。僕は早見とこのクラスで一緒に過ごした1年間とても楽しかった。多分これは高校に入っても変わらないと思う。それくらい楽しかったんだ。だからそんな顔しないで。せっかくの化粧も崩れちゃうよ」

僕はポケットティッシュを取り出し差し出す。

「なんで、なんで、そんな優しいの?私が気持ちに応えられなかったのにそんな言葉までかけてくれて藤谷は優しすぎるよー」

涙目にながら早見は答えた。

「優しく見えたなら良かった。最後の最後で藤谷はひどいやつなんて思われたくなかったから。またさ、高校に上がっても会ったら喋ってよ」

「喋るよ!喋るに決まってるじゃん!」

「ありがとう。その言葉だけでも僕はとても嬉しいよ」

これからの未来早見の隣で笑い合って、苦楽を共にする関係にはなれなかったけど今の僕にはこの関係でも十分だと思えた。友達という関係さえ続いていればもしかしたらなんてあるかもしれないから。

「それじゃ僕は先にグラウンドに出てるから。
落ち着いたら次は本当に先生と写真撮ろ」

「うん!絶対撮る」

僕はゆっくりと図書室の扉を閉めた。

誰もいない空間を歩き気づけば涙が落ちてくる。

「はは、良かったさっき出なくて」

窓から見える空を眺める。

今日は憎たらしいほど晴天だ。

新たな門出にもっとこいの日だ。

ありがとう早見。僕にこんな素敵な感情を教えてくれて。
ありがとう。
 

これは僕の初まりの恋の終わりの物語。