そばにあを


「高校生?若えなあ。」

そう言って彼は初対面の俺の頭をぽんぽん、と叩く。嬉しそうに笑った顔はまるで子供のようだった。こんな先生が学校にいたら毎日楽しいだろうな、なんて思った。

__高島拓海さん。

学生時代の彼は学校もさぼりがちで、教師という道を選ぶなんて誰も予想していなかったそうだ。しかし教師になると決めた彼はそこから人一倍努力を重ねて夢を叶えた。教師になってから数年、拓海さんは初めて自分のクラスを持つ事になった。担任という立場になるのはとても不安だけど、それでもやっぱり嬉しい。そう、拓海さんは同僚に語ったそうだ。
しかし、事件が起きたのは6月。拓海さんのクラスで1人の男子生徒がいじめを受けている事が分かったのだ。それにいち早く気づいた拓海さんはいじめてる生徒に注意をし、いじめられている生徒とも何度も話を重ねた。しかし状況は改善しなかった。いじめているという意識が彼らにはなかったのだ。
学校側にも話をした。「いじめがある、生徒の親とも話した、しかし何も変わらない。学校全体の力が必要だ。」 と。授業を参観した上で、上のの返事はあまりに呑気だった。『じゃれあっているだけじゃないか。あまりいじめと騒ぎ立てるのも良くない。』経過観察、なんて結論を出された。
学校はあてにならないと思った拓海さんは自分の力で何とかしようと、色んな事を試みた。寝る間を惜しんで対策を考え、保護者を交え何度も話し合った。

『どんどんやつれていき、見ている方が心配になるくらいだった。』

インタビューの中で、そう彼の同僚は語った。拓海さんの必死な思いは、生徒には届かなかった。
数ヶ月後、いじめを受けていた男子生徒が自殺をした。ニュースにも大きく取り上げられ、そこで学校側が発したコメントは。

『担任教師がクラス状況を把握できていなかったため、いじめにも気がつく事が出来なかった。』

真っ赤な嘘だ。けれどそのコメントは真実として受け取られる。

拓海さんは絶望した。
責任を全て自分に押し付けようとする学校に、何もかも真実だと受け取ってしまう世間に、

そして。
大切な生徒を、守れなかった自分に。

拓海さんの自殺後、テレビでは自殺した男子生徒の母親が涙ながらに語っていた。

『先生はとてもいい人だったんです…っ…あの子も、高島先生の事が大好きで…、先生が担任でよかった。そう、いつも言っていました…』

世界はなんて残酷なんだろう。


そんな2人は入居者したばかりの俺に優しく話しかけてくれた。優しさに触れて嬉しくなる一方で。きっと誰かも、2人に会う事を望んだんだ。そう思うと、悲しくなった。

皆で過ごす時間はとても楽しくて、けれど楽しさを感じるほど胸が苦しくなった。彼らは、本当は、もう、この世界には。
時間が過ぎれば過ぎるほど、その事実が重く響いた。ずっと一緒にいられるわけではないのだ。終わりが来てしまうのだ。もう、二度と会えなくなってしまうのだ。奈月だけでない、拓海さんだって鈴香さんだって、自ら命を絶つという道を選んだ。こんな素敵な人たちが、その道を選ばざるを得なかったのだ。そんな世界で俺は生きてて、そしてこれからも生きていかなればいけない。その事実が悲しくて悔しくて切なくて、どうにもできない自分にも腹が立った。
春なんて来なくていい、このまま時間が止まればいいのに。なんて馬鹿なことを考えて、涙がこぼれた。