奈月がいなくなってから数週間経っても、学校へ行く気にはなれなかった。・・・駄目なのだ。家から出たら、外にあるもの全てが奈月を思い出す鍵になってしまう。ずっと一緒にいたんだ。奈月との思い出がそこら中に溢れていて、とても1人で進む事なんて出来やしない。
そんなある日の平日。何故だろう、それは本当にわからない。けれど突然外に出ようと思ったのだ。どこかに行かなければならない、と何かが俺を強く突き動かした。一枚上着を羽織って、玄関のドアを開ける。外の空気を吸うのはとても久しぶりで、眩しい太陽の光に目がクラクラした。
目的地も決めず、ふらふらと歩いて、たどり着いたそこは。
__ 路地裏に佇む、古ぼけた喫茶店だった。
お世辞にも綺麗とは言えない外見に何故かとても惹かれて、ドアに手をかける。入ってすぐ目についたのは古ぼけた鳩時計。壁にはモノクロの写真が貼られていて、周りの棚には壺や時計、様々なものが飾られていた。中にお客さんは一人もいない。カウンターの方に目を向ければ、そこにはここの店主と思われる仏頂面のおじさんが豆を挽いていた。その人は俺の存在に気づくと、手を止める。その目は真っ直ぐに、何も言えず立ち尽くす俺を射抜いた。
「・・・大事なものを失くしたのか。」
「っ・・・なんで・・・。」
突然の言葉に驚く。俺の方を見た彼は、まるで俺の全てを知っているかのように見えて。
「ここに来るのはそういう奴らばかりだよ。」
そう言ってふっ、と笑った店主は俺に椅子に座るよう促した。雨野、と名乗った店主はカウンター越しに俺と向き合って、そして、問う。
「・・・過去を変えることはできない。」
当たり前の事だ。そんな事分かってる。けれど実際口に出されると、胸が抉られたように痛んだ。
「・・・それでも。」
そこで雨野さんは一旦言葉を止める。
「それでも、会いたい人がいるのか。」
その質問に目頭が熱くなって俯く。体が震えて、胸が更に激しく痛んだ。
それでも、会いたいか。
俺は、俺は、彼女に、奈月に。
「・・・会いたい。」
そう、口にしたら涙が溢れた。無理だとしても会いたい。もう一度だけ、たった一度だけでいいから会いたい。彼女は俺を恨んでいるだろうか。何も出来ず、何も守れなかった俺を憎んでいるだろうか。分からない、分からないけど。
奈月に、会いたい。
震えた声でそういう俺に、雨野さんはゆっくりと頷いた。
「いいか、ルールがある。」
「ルール?」
「ああ。一つだけの簡単なルールだ。」
話を呑み込めていない俺の前で、雨野さんは人差し指を立てる。
一つだけの、とても重要なルール。
「未来を変えようとはしない事。」
雨野さんが言った言葉を自分でもう一度繰り返す。彼はまたゆっくりと頷いた。
「神様じゃねえんだ。もう未来は決まってる、絶対に変えられない。それはちゃんと理解しておけ。起こることを阻止しようとしたりするのは、禁忌だ。」
そこまで一気にまくし立てて、雨野さんは1度ため息をつく。ため息と一緒に、それでも、と続きを零した。
「それでも、それでも変えようと願ってしまうかもしれない。分かっていても、自分が制御出来ないかもしれない。でも、でもダメなんだ。」
あなたも、何か大切なものを失くしたんてすか。
そう聞きたくなるくらい彼の顔は切なかった。眉間によった皺には、痛くなるくらいの悲しさが見えた。
「・・・もしも、未来を変えようとしてしまったら?」
俺の質問に雨野さんは1度俯いてから、もう一度こっちを真っ直ぐに見つめる。
「そうだな、恐ろしいことが起きるかも知れねえなあ。」
そう言って口角を上げて、お前にはまだ早えよなあ、と独り言のように呟いた。何が、と問う前に急にひどい眠気が襲ってきて抗えず目を閉じる。完全に意識が飛ぶ前に「お前は後悔するなよ。」そう言って彼が笑った気がした。
そんなある日の平日。何故だろう、それは本当にわからない。けれど突然外に出ようと思ったのだ。どこかに行かなければならない、と何かが俺を強く突き動かした。一枚上着を羽織って、玄関のドアを開ける。外の空気を吸うのはとても久しぶりで、眩しい太陽の光に目がクラクラした。
目的地も決めず、ふらふらと歩いて、たどり着いたそこは。
__ 路地裏に佇む、古ぼけた喫茶店だった。
お世辞にも綺麗とは言えない外見に何故かとても惹かれて、ドアに手をかける。入ってすぐ目についたのは古ぼけた鳩時計。壁にはモノクロの写真が貼られていて、周りの棚には壺や時計、様々なものが飾られていた。中にお客さんは一人もいない。カウンターの方に目を向ければ、そこにはここの店主と思われる仏頂面のおじさんが豆を挽いていた。その人は俺の存在に気づくと、手を止める。その目は真っ直ぐに、何も言えず立ち尽くす俺を射抜いた。
「・・・大事なものを失くしたのか。」
「っ・・・なんで・・・。」
突然の言葉に驚く。俺の方を見た彼は、まるで俺の全てを知っているかのように見えて。
「ここに来るのはそういう奴らばかりだよ。」
そう言ってふっ、と笑った店主は俺に椅子に座るよう促した。雨野、と名乗った店主はカウンター越しに俺と向き合って、そして、問う。
「・・・過去を変えることはできない。」
当たり前の事だ。そんな事分かってる。けれど実際口に出されると、胸が抉られたように痛んだ。
「・・・それでも。」
そこで雨野さんは一旦言葉を止める。
「それでも、会いたい人がいるのか。」
その質問に目頭が熱くなって俯く。体が震えて、胸が更に激しく痛んだ。
それでも、会いたいか。
俺は、俺は、彼女に、奈月に。
「・・・会いたい。」
そう、口にしたら涙が溢れた。無理だとしても会いたい。もう一度だけ、たった一度だけでいいから会いたい。彼女は俺を恨んでいるだろうか。何も出来ず、何も守れなかった俺を憎んでいるだろうか。分からない、分からないけど。
奈月に、会いたい。
震えた声でそういう俺に、雨野さんはゆっくりと頷いた。
「いいか、ルールがある。」
「ルール?」
「ああ。一つだけの簡単なルールだ。」
話を呑み込めていない俺の前で、雨野さんは人差し指を立てる。
一つだけの、とても重要なルール。
「未来を変えようとはしない事。」
雨野さんが言った言葉を自分でもう一度繰り返す。彼はまたゆっくりと頷いた。
「神様じゃねえんだ。もう未来は決まってる、絶対に変えられない。それはちゃんと理解しておけ。起こることを阻止しようとしたりするのは、禁忌だ。」
そこまで一気にまくし立てて、雨野さんは1度ため息をつく。ため息と一緒に、それでも、と続きを零した。
「それでも、それでも変えようと願ってしまうかもしれない。分かっていても、自分が制御出来ないかもしれない。でも、でもダメなんだ。」
あなたも、何か大切なものを失くしたんてすか。
そう聞きたくなるくらい彼の顔は切なかった。眉間によった皺には、痛くなるくらいの悲しさが見えた。
「・・・もしも、未来を変えようとしてしまったら?」
俺の質問に雨野さんは1度俯いてから、もう一度こっちを真っ直ぐに見つめる。
「そうだな、恐ろしいことが起きるかも知れねえなあ。」
そう言って口角を上げて、お前にはまだ早えよなあ、と独り言のように呟いた。何が、と問う前に急にひどい眠気が襲ってきて抗えず目を閉じる。完全に意識が飛ぶ前に「お前は後悔するなよ。」そう言って彼が笑った気がした。

