「あー・・・溶ける・・・」
死にそうな声でそう呟くのは鈴香さん。声のする方を見れば彼女は仰向けで床に寝転んでいた。ぐでーん、という効果音が聞こえてきそうだ。
「鈴香さん、汚れますよ。」
「なっちゃんも寝てみなよ。床冷たくて気持ちいいわよ。」
「そうかもしれないですけど。」
「あー!!もう私床と結婚する!」
「・・・。」
「無視はやめようよ。」
鈴香さんが何か言っている(失礼)が、床に寝転んでいる鈴香さんの気持ちはよくわかる。暑さは日に日に増していて、ピークを迎えつつある。特に今日は暑い。とてつもなく暑い。太陽はカンカン照りで風もあまり吹いていなくて。もちろんここ葛木荘にクーラーが完備されているわけもなく。夏場頼りになるのは各部屋1台の扇風機だけである。
「本当に暑いですねえ・・・。」
私の言葉に鈴香さんが大きく頷く。外からはセミの大合唱がそこら中から聞こえてきていて、それが更に体感温度を倍増させている気がする。
「なっちゃん、アイス。」
「・・・私はアイスじゃありません。」
「アーイース―たーべーたーい―!」
「何歳児なんですか。」
寝転んだまま駄々をこねる鈴香さんに棒アイスを一本投げる、と聞こえてきたのはうめき声。どうやらキャッチし損ねたようだ、ごめん鈴香さん。私も棒アイスを口に入れ、寝転ぶ鈴香さんの横に腰を下ろして三角座りをする。
「・・・夏だねえ。」
アイスを食べて少し元気を取り戻したのか、鈴香さんが起き上がって胡坐をかき始めた。
「今日の夕飯何がいいですかねー。」
「そうねえ・・・。冷やし中華なんてどう?」
「あ!いいですね。」
「よーし決まり!涼しくなったら買い出し行きましょ。」
「はーい。」
じゃあそれまではダラダラする時間、と鈴香さんはまた床へと寝転ぶ。そして冷たい~、と笑いながら私の方を見上げる。なっちゃん、と私の名を呼んでぽんぽんと床を叩くから、私も真似をして隣へと倒れこんだ。・・・これは。
「・・・私も床と結婚します。」
予想以上に冷たかった、気持ちいい。
私の言葉に鈴香さんが吹き出す。少し目をつぶってみれば中々気持ちが良くて。そんな私を見て鈴香さんの笑い声はさらに大きくなる。
「笑いすぎじゃないですか?」
「だって・・・っ・・・結婚するって・・・」
「鈴香さんが先に言ったんじゃないですか!」
「そうだけど・・・ふふっ・・」
私が言い返すのを聞いて彼女はまた笑う。なんだか私も面白くなってきてしまって、しばらくの間2人で涙が出るほど笑い続けた。
「はい、これで完成!」
きゅっと、お腹のあたりが強く締められて、鈴香さんに鏡の前に立たされる。
わあ、と自分で思わず声を上げてしまい、その反応を見て鈴香さんも満足そうに頷いた。赤と紺色の浴衣を着た自分は普段よりも大人びて見える。
「すいません髪の毛まで。」
「何言ってるのよ、この鈴香さんに任せなさい!」
そう言いながら慣れた手つきで私の髪の毛を結い上げていく。器用だなあ、なんて感心していれば鈴香さんは微笑んで。
「なっちゃん本当に浴衣似合うわねえ。」
なんて褒め言葉までくれる。
夏休みも折り返しに入った今日。近所で行われる夏祭りに、千里と一緒に行く事になっていた。着付けも髪の毛も全て鈴香さんがやってくれて、いつもとは違う自分の姿に心が躍る。
全ての準備を終えた私を、鈴香さんは傍で本を読んでいた拓海さんの下へ引っ張り出した。
「じゃーん!どうよ、自信作!」
「私はお菓子かなんかですか?」
鈴香さんの言葉に拓海さんは顔を挙げて、そしてそのまま少しだけ固まる。沈黙の時間が恥ずかしくて目を逸らせば、はは、と拓海さんは笑って。
「なんか、妹の晴れ姿見てるみたい。」
「何その感想。他のあるでしょ。」
鈴香さんが文句を付ければ拓海さんは少し照れたように頭を掻いた。
「似合ってるよ、奈月。」
「・・・!」
「あ、ごめん、それはそれで気持ち悪いわね。」
おい!と拓海さんが声を荒げる。思わぬ言葉に照れてしまった私だが、バッサリと切り捨てた鈴香さんに思わず笑ってしまった。
「千里ちゃんとはぐれないようにね。」
「あんまり遅くなる前に帰ってくるんだぞ。」
玄関口まで送ってくれる2人に、はーいを返事をして手を振る。お兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たみたいで、胸が温かくなった。
「奈月!」
聞きなれた声がして振り向けば、そこに居たのは紺色の浴衣に身を包んだ千里の姿。
「わ!浴衣かわいい!」
普段はあまり制服以外のスカートは履かない千里。そのため普段とは雰囲気に、少しどぎまぎしてしまって。
「ありがとう。奈月も似合ってるね。」
お互いに褒めあって、それもなんかまた照れくさくて。少し目を逸らしてからもう一度千里の方を向けば、ばっちりと目が合う。
「・・・なにこれ恋人の初デート?」
なんて千里が言うから、そのまま目を見合わせて2人で笑ってしまう。
「はい!私たこやきが食べたいです!」
「賛成!チョコバナナも食べたい!」
「からあげも絶対だね、あー、お腹すいてきた。」
なんていつもの雰囲気を取り戻しながら、人混みへと歩みを進めた。
死にそうな声でそう呟くのは鈴香さん。声のする方を見れば彼女は仰向けで床に寝転んでいた。ぐでーん、という効果音が聞こえてきそうだ。
「鈴香さん、汚れますよ。」
「なっちゃんも寝てみなよ。床冷たくて気持ちいいわよ。」
「そうかもしれないですけど。」
「あー!!もう私床と結婚する!」
「・・・。」
「無視はやめようよ。」
鈴香さんが何か言っている(失礼)が、床に寝転んでいる鈴香さんの気持ちはよくわかる。暑さは日に日に増していて、ピークを迎えつつある。特に今日は暑い。とてつもなく暑い。太陽はカンカン照りで風もあまり吹いていなくて。もちろんここ葛木荘にクーラーが完備されているわけもなく。夏場頼りになるのは各部屋1台の扇風機だけである。
「本当に暑いですねえ・・・。」
私の言葉に鈴香さんが大きく頷く。外からはセミの大合唱がそこら中から聞こえてきていて、それが更に体感温度を倍増させている気がする。
「なっちゃん、アイス。」
「・・・私はアイスじゃありません。」
「アーイース―たーべーたーい―!」
「何歳児なんですか。」
寝転んだまま駄々をこねる鈴香さんに棒アイスを一本投げる、と聞こえてきたのはうめき声。どうやらキャッチし損ねたようだ、ごめん鈴香さん。私も棒アイスを口に入れ、寝転ぶ鈴香さんの横に腰を下ろして三角座りをする。
「・・・夏だねえ。」
アイスを食べて少し元気を取り戻したのか、鈴香さんが起き上がって胡坐をかき始めた。
「今日の夕飯何がいいですかねー。」
「そうねえ・・・。冷やし中華なんてどう?」
「あ!いいですね。」
「よーし決まり!涼しくなったら買い出し行きましょ。」
「はーい。」
じゃあそれまではダラダラする時間、と鈴香さんはまた床へと寝転ぶ。そして冷たい~、と笑いながら私の方を見上げる。なっちゃん、と私の名を呼んでぽんぽんと床を叩くから、私も真似をして隣へと倒れこんだ。・・・これは。
「・・・私も床と結婚します。」
予想以上に冷たかった、気持ちいい。
私の言葉に鈴香さんが吹き出す。少し目をつぶってみれば中々気持ちが良くて。そんな私を見て鈴香さんの笑い声はさらに大きくなる。
「笑いすぎじゃないですか?」
「だって・・・っ・・・結婚するって・・・」
「鈴香さんが先に言ったんじゃないですか!」
「そうだけど・・・ふふっ・・」
私が言い返すのを聞いて彼女はまた笑う。なんだか私も面白くなってきてしまって、しばらくの間2人で涙が出るほど笑い続けた。
「はい、これで完成!」
きゅっと、お腹のあたりが強く締められて、鈴香さんに鏡の前に立たされる。
わあ、と自分で思わず声を上げてしまい、その反応を見て鈴香さんも満足そうに頷いた。赤と紺色の浴衣を着た自分は普段よりも大人びて見える。
「すいません髪の毛まで。」
「何言ってるのよ、この鈴香さんに任せなさい!」
そう言いながら慣れた手つきで私の髪の毛を結い上げていく。器用だなあ、なんて感心していれば鈴香さんは微笑んで。
「なっちゃん本当に浴衣似合うわねえ。」
なんて褒め言葉までくれる。
夏休みも折り返しに入った今日。近所で行われる夏祭りに、千里と一緒に行く事になっていた。着付けも髪の毛も全て鈴香さんがやってくれて、いつもとは違う自分の姿に心が躍る。
全ての準備を終えた私を、鈴香さんは傍で本を読んでいた拓海さんの下へ引っ張り出した。
「じゃーん!どうよ、自信作!」
「私はお菓子かなんかですか?」
鈴香さんの言葉に拓海さんは顔を挙げて、そしてそのまま少しだけ固まる。沈黙の時間が恥ずかしくて目を逸らせば、はは、と拓海さんは笑って。
「なんか、妹の晴れ姿見てるみたい。」
「何その感想。他のあるでしょ。」
鈴香さんが文句を付ければ拓海さんは少し照れたように頭を掻いた。
「似合ってるよ、奈月。」
「・・・!」
「あ、ごめん、それはそれで気持ち悪いわね。」
おい!と拓海さんが声を荒げる。思わぬ言葉に照れてしまった私だが、バッサリと切り捨てた鈴香さんに思わず笑ってしまった。
「千里ちゃんとはぐれないようにね。」
「あんまり遅くなる前に帰ってくるんだぞ。」
玄関口まで送ってくれる2人に、はーいを返事をして手を振る。お兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たみたいで、胸が温かくなった。
「奈月!」
聞きなれた声がして振り向けば、そこに居たのは紺色の浴衣に身を包んだ千里の姿。
「わ!浴衣かわいい!」
普段はあまり制服以外のスカートは履かない千里。そのため普段とは雰囲気に、少しどぎまぎしてしまって。
「ありがとう。奈月も似合ってるね。」
お互いに褒めあって、それもなんかまた照れくさくて。少し目を逸らしてからもう一度千里の方を向けば、ばっちりと目が合う。
「・・・なにこれ恋人の初デート?」
なんて千里が言うから、そのまま目を見合わせて2人で笑ってしまう。
「はい!私たこやきが食べたいです!」
「賛成!チョコバナナも食べたい!」
「からあげも絶対だね、あー、お腹すいてきた。」
なんていつもの雰囲気を取り戻しながら、人混みへと歩みを進めた。

