6月(美白パート)
 朝起きると、曇りではあるものの、晴れ間も差していた。天気予報でも一応晴れるとのことで傘は家に置いてきた。
 それがあだとなり、電車内で美白はかなり焦っていた。
(どうしよう。笠持ってくればよかった……)
 忘れたものはしょうがない。駅のコンビニで買おうと、そう思っていた。
「やべっ!」
 いつも見つめてしまう彼が電車を降りたようだ。しかし、その場には、
「え、あれ?」
 笠が置いてあった。恐らく忘れたのであろう。
「ど、どうしよう……絶対困ってるよね……」
 しかし、電車はもう動き出している。湊士に渡すことなど不可能だ。
 美白は悩んでいた。これを使えば確かに自分は助かる。だけど湊士は濡れるかコンビニで買うしかないだろう。なら今から引き返すか。それで湊士がいなかったら遅刻確定だ。
「うー……」
 悩みに悩んだ結果、美白は借りることにした。
「ごめんなさい! すぐに返します!」
 湊士はそこにいないのに、美白は深くお辞儀する。他の乗客が何事かと美白を見る。自分の行動に、顔を赤くしながらも湊士の傘をぎゅっと握っていた。
 学校に着くと、電車でのことを沙耶に話す。
「――ということなんだけど」
「え? なんか問題ある?」
 沙耶は首をかしげながら美白に聞き返す。
「だって人のものを勝手に使うなんて、よくないでしょ?」
 沙耶は美白にデコピンをくらわす。
「いたいっ! なにするの!」
「あんたねえ……。真面目過ぎ。もっと肩の力抜きなー?」
「だって絶対風邪ひいちゃうよ?」
「だーかーらー。傘くらいどうとでもなるでしょ」
「それに勝手に使っちゃって悪いよぉ……」
「はぁ、困った子だねぇ」
 美白は終始暗い表情だった。沙耶はなんとか明るい表情を取り戻させようと、ある提案をする。
「じゃあさ、早めにあいつの駅に行って返すついでに一緒に帰れば? それで何かしらの進展はあるっしょ」
「い、一緒に帰る!? む、無理だって! 考えただけでも緊張で吐きそう……」
「そんなんで付き合ったときどうすんの?」
「つ、付き合う!?」
「え? 最終的にはそうなりたいんじゃないの?」
 言われて気付く。好きで、もし告白して、オッケーしてもらえたら……。そういう関係になるということに。
「あわわ……。どうしよう沙耶ちゃん!」
「いや、どうしようって、お幸せに?」
「早いよ! まだ付き合ってないよ!」
「そうなんだよねえ……。『まだ』なんだよねえ……」
 沙耶はうーんとなにかを考えていた。
「もうさ、傘返して告っちゃえば?」
「こくっ!」
 美白は思わず咳込んだ。
「いや、正直みしろんなら余裕だと思うんだよね」
「むりむりむり! お互いなんにも知らないじゃん!」
「いや、知らなくてもこれから知っていきましょう。だから付き合ってくださいでよくない?」
「そんな告白の仕方ある!?」
「だって理由も一目惚れでしょ? 言葉ならべても嘘じゃん」
「それは……」
 確かに、と思う美白出会ったが、さすがに今日言われて今日告白する度胸はない。
「まあ、無理にとは言わないけど。けど、ほっといたら向こうに彼女できる確率上がるよ?」
「それはそうなんだけどさあ……」
「まあ、決めるのはみしろんだよ。じっくり考えなー」
 そう言って沙耶は自分の席に戻っていった。
「告白、かあ」
 その日の授業はすべて上の空で全く頭に入ってこなかった。
 そして放課後、傘立ての傘を見つめる。
「とりま返すだけでも返したら? なんか話せるかもよ?」
「うん……そうする」
 美白はそう言って足早に駅へ向かった。急いだおかげで湊士の最寄り駅には、湊士と同じ制服の生徒はいなかった。
 そうしてずっと待ちぼうけ状態になる。何分待っただろうか。十分程度かもしれないし1時間かもしれない。そうこうしていると湊士と同じ制服の生徒がちらほら現れ始めた。
(ど、どうしよう。何も考えられない)
 すると一人の男性と視線が合う。それは紛れもなく、湊士だった。
(とりあえず声をかけないと!)
 そう思ったはいいが、思ったより委縮して声が小さくなってしまった。
(あわわ……、あと勝手に使ったこと謝らないと!)
 そう思い、ガバっと頭を下げ謝り倒す。
 その後のことはテンパりすぎて何も覚えていなかった。せっかく一緒に帰れるというのに、沙耶から言われた「告白」が頭をぐるぐる回り、何も話せなかった。
 そうしてなにも進展することがないまま帰宅した。
 家に着いたあと、ようやく我に返った美白は自分の部屋で悶々としていた。
「なんにも話せなかったー! 変な子だって思われてないかなー……」
 めちゃくちゃテンションが下がり、携帯で沙耶に連絡する。
「ヘタレ」
「そんなこと言わないでよぅ……」
 沙耶の容赦のない言葉にさらにへこむ美白。
「まあ、明日傘返すときに挽回するしかないよね」
「うん……」
 そう言って電話を切った。
 それでも自分に自信が持てない美白は、ため息交じりにベッドで横になるのだった。
 翌朝、いつもの7時16分。湊士に声をかける。
 二人ともぎこちなかったが、湊士が空気を変えてくれたたため、最後はいつもどおり話すことができた。
「で、名前くらいは伝えたのよね?」
「ごめんなさい……」
 その後、学校で沙耶に事の顛末を報告をしたら呆れられた。
「はあ……。ま、よかったんじゃない?」
「なんで?」
「だって変な空気は切り替えられたんでしょ? 明日から普通に挨拶とかすれば?」
「それは無理」
「は?」
 即答した美白に対し、沙耶は疑問を呈していた。
「だって電車内だし。うるさいと他の人に迷惑でしょ?」
「はあ……。しゃべるくらいいいでしょ」
「だーめ」
「まったく、この子は……」
 これは美白にとっても譲れなかった。話しこむと絶対にテンションが上がる。でも、場所が電車内でしか会いえないため、マナーを守ることにした。でも、会釈くらいなら大丈夫だと思い、明日から交流できたらいいなと思う美白であった。