7時16分、1番ホームにて

(美白パート)
(やっちゃったやっちゃったやっちゃった!)
 自分の唇を押さえて、顔を真っ赤にする美白。
「お、戻ってきた。おかえりー……。ってどうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
「沙耶ちゃん。私、頑張ったよ」
「うんうん。みしろんはいつだって頑張ってるよ」
 沙耶は美白の頭をポンポンと撫でる。
「それで? 言いたいことは言えたの?」
「うん!」
「そっか。よかったね」
「うん。…………」
 そしてまた、顔がショート寸前、というかショートして湯気が立ち込めていた。
「ちょ、どうしたの?」
「それがね……」
「ふむふむ」
「…………誰にも言わない?」
「もちろん!」
「じゃあ言うね。えっと…………」
「ふむふむ…………なあ!?みしろんがキッス!?」
「なんだって!?」
「俺の白雪さんが!」
「クッソ! 地獄へ送ってやるぜ!」
「お前らあああああ! てめえらのみしろんじゃねえよ! あたしのだよ!」
 そう言ってクラスは大混乱。
 特に男子は暴徒と化して暴れまわる。
 まったく。いつ美白がクラスメートに恋したというのか。とはいえ、湊士のことは伏せており、沙耶しか知らなかったので、しょうがないと言えばしょうがなかった。
 本気でワンチャンに賭けていた男子も多く、それを鎮めたのは、美白だった。
「もう! 沙耶ちゃんのものでもない! 私は……、平賀湊士くんのものです♪」
 クラスはシンっと大人しくなる。
「みしろん……。知らない間に大人になっちゃって……」
「それでね。沙耶ちゃんにお願いがあるんだけど」
「何でも言って! もう何でも聞いちゃう!」
「そう? じゃあ……」
 言質も取ったことで、美白は遠慮なく親友に湊士のことを託した。
「もし、彼が困っていたら、助けてあげて欲しいの。勉強も。それ以外も」
「え、ちょ、なんであたしがあいつに――」
「お願い♪」
「しょーがねーなーったくよー。みしろんのお願いとあっちゃ断れないな!」
「ふふっ。ありがと」
「でも1回はボコる。絶対ボコる」
「て、手加減してあげてね……」
 こうなったら聞かないことを、美白は知っていた。湊士との再開前に、死んでしまわないか不安になった。
「……ん? ねえみしろん。そのかばんに付いたアクキーなに?」
「ああ、これね。ホワイトデーのお返し、かな」
 沙耶はアクキーを手に取り、花びらを眺める。
「あれー? これどっかで見たことあるんだけどなあ」
「沙耶ちゃんも見てるよ」
「え、マジ? どこだっけな……」
 沙耶はしばらく考えていたが、あきらめたようだった。
「…………沙耶ちゃん」
「んー?」
「今までほんとにありがとね」
「はいストップ」
 沙耶は手をパンっと叩き、美白の言葉を遮る。
「なんかさ。そういうの今生の別れみたいでつらいじゃん? だから、ここは『またね』でいいんだよ」
「そっか……。そうだよね」
 美白も納得し、沙耶の目を見て笑顔で手を振る。
「沙耶ちゃん。またね」
「うん。またね」
 こうして二人は下校した。
 そうして3月19日。
「忘れ物はない?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、行くか」
 いざ出発という時に、見知った顔がひょっこり首を出す。
「ど、どうもー」
「もう! 沙耶ちゃん、見送りはいいって言ったでしょ?」
「まあまあ、そう言わずにさ。ちょっとだけいいですか?」
「10分待つ」
「ありがとうございます!」
 沙耶は丁寧にお辞儀する。
「それで、学校でかっこよく別れたつもりなのに、何の用?」
「冷たいよーみしろん。そんな子に育てた覚えはありません」
「もう……。しょうがないんだから……」
 これで正真正銘、高校生活最後の頭撫でだった。
「そうこれ! これ聞きたかったんだよね!」
「ん? どれ?」
「だから、この頭を優しく撫でるやつ」
「あー、そう言えばしてなかったかも」
「じゃあさじゃあさ! お泊りかいなんて言うのも……?」
「最近までろくに話せなかったのよ?無理に決まってるじゃない」
「よっし!」
「そんなの確認してどうする――!」
 沙耶はいきなり美白の唇を奪った。
「もう、なにするの?」
「ほっぺは奪われたけど、唇はまだでしょ?」
「なっ!?」
「いえーい。あたしが初キッス~」
「もう! こらー! 沙耶ちゃん!」
 ぽかぽか沙耶を殴るが、もちろん本気ではない。
「まあまあ、女同士だし、別にいいじゃん。それに」
「それに?」
 美白はもう怒っていなかった。憂いを帯びた沙耶の表情に背筋が伸びる。
「あたしにも、特別が欲しかったなーって。ごめんね。ただの嫉妬」
 そう言った沙耶を、美白は優しく抱きしめる。
「…………そう言えばみしろんから抱き着かれたこともなかったなー」
「沙耶ちゃんは、とっくに特別だよ」
 その言葉を沙耶はしっかり噛み締める。
「そっか。そうだよね。あたしはみしろんの特別だったね」
「そうだよ。忘れないでね」
「うん。絶対忘れない」
 そうして別れの時はきた。
「…………樹幹だ」
「うん。……じゃあ沙耶ちゃん。今度こそ、次は大学で!」
「うん! あたしも頑張る!」
 そう言って美白は車に乗り込んだ。車が発車してからも、美白は後ろで手を振る親友に、姿が見えなくなるまで手を振った。
父の車で空港を目指す。今日は平日。沙耶にも湊士にも、見送りはいいと伝えてあった。
 しばらくすると、館内放送で搭乗のアナウンスが流れる。
「行くか」
 父がそう言い、飛行機の乗り込む。
『まもなく当機は発射します。シートベルトをお締めになってお待ちください』
 もうすぐ日本とお別れだ。その時、ポーチに付け替えたアクキーがきらりと輝いた。
「ねーちゃん。それなに?」
「うん? これはね、恋愛成就のお守りだよ」
 そして美白を乗せた飛行機は離陸した。
(絶対に、また会おうね)
 美白は心の中で、そう呟く。
 美白は例のアクキーにキスをする。
 ピンクのバラの花ことばは、「愛の誓い」。