(美白パート)
(やっちゃったやっちゃったやっちゃった!)
 自分の唇を押さえて、顔を真っ赤にする美白。
「お、戻ってきた。おかえりー……。ってどうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
「沙耶ちゃん。私、頑張ったよ」
「うんうん。みしろんはいつだって頑張ってるよ」
 沙耶は美白の頭をポンポンと撫でる。
「それで? 言いたいことは言えたの?」
「うん!」
「そっか。よかったね」
「うん。…………」
 そしてまた、顔がショート寸前、というかショートして湯気が立ち込めていた。
「ちょ、どうしたの?」
「それがね……」
「ふむふむ」
「…………誰にも言わない?」
「もちろん!」
「じゃあ言うね。えっと…………」
「ふむふむ…………なあ!?みしろんがキッス!?」
「なんだって!?」
「俺の白雪さんが!」
「クッソ! 地獄へ送ってやるぜ!」
「お前らあああああ! てめえらのみしろんじゃねえよ! あたしのだよ!」
 そう言ってクラスは大混乱。
 特に男子は暴徒と化して暴れまわる。
 まったく。いつ美白がクラスメートに恋したというのか。とはいえ、湊士のことは伏せており、沙耶しか知らなかったので、しょうがないと言えばしょうがなかった。
 本気でワンチャンに賭けていた男子も多く、それを鎮めたのは、美白だった。
「もう! 沙耶ちゃんのものでもない! 私は……、平賀湊士くんのものです♪」
 クラスはシンっと大人しくなる。
「みしろん……。知らない間に大人になっちゃって……」
「それでね。沙耶ちゃんにお願いがあるんだけど」
「何でも言って! もう何でも聞いちゃう!」
「そう? じゃあ……」
 言質も取ったことで、美白は遠慮なく親友に湊士のことを託した。
「もし、彼が困っていたら、助けてあげて欲しいの。勉強も。それ以外も」
「え、ちょ、なんであたしがあいつに――」
「お願い♪」
「しょーがねーなーったくよー。みしろんのお願いとあっちゃ断れないな!」
「ふふっ。ありがと」
「でも1回はボコる。絶対ボコる」
「て、手加減してあげてね……」
 こうなったら聞かないことを、美白は知っていた。湊士との再開前に、死んでしまわないか不安になった。
「……ん? ねえみしろん。そのかばんに付いたアクキーなに?」
「ああ、これね。ホワイトデーのお返し、かな」
 沙耶はアクキーを手に取り、花びらを眺める。
「あれー? これどっかで見たことあるんだけどなあ」
「沙耶ちゃんも見てるよ」
「え、マジ? どこだっけな……」
 沙耶はしばらく考えていたが、あきらめたようだった。
「…………沙耶ちゃん」
「んー?」
「今までほんとにありがとね」
「はいストップ」
 沙耶は手をパンっと叩き、美白の言葉を遮る。
「なんかさ。そういうの今生の別れみたいでつらいじゃん? だから、ここは『またね』でいいんだよ」
「そっか……。そうだよね」
 美白も納得し、沙耶の目を見て笑顔で手を振る。
「沙耶ちゃん。またね」
「うん。またね」
 こうして二人は下校した。
 そうして3月19日。
「忘れ物はない?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、行くか」
 いざ出発という時に、見知った顔がひょっこり首を出す。
「ど、どうもー」
「もう! 沙耶ちゃん、見送りはいいって言ったでしょ?」
「まあまあ、そう言わずにさ。ちょっとだけいいですか?」
「10分待つ」
「ありがとうございます!」
 沙耶は丁寧にお辞儀する。
「それで、学校でかっこよく別れたつもりなのに、何の用?」
「冷たいよーみしろん。そんな子に育てた覚えはありません」
「もう……。しょうがないんだから……」
 これで正真正銘、高校生活最後の頭撫でだった。
「そうこれ! これ聞きたかったんだよね!」
「ん? どれ?」
「だから、この頭を優しく撫でるやつ」
「あー、そう言えばしてなかったかも」
「じゃあさじゃあさ! お泊りかいなんて言うのも……?」
「最近までろくに話せなかったのよ?無理に決まってるじゃない」
「よっし!」
「そんなの確認してどうする――!」
 沙耶はいきなり美白の唇を奪った。
「もう、なにするの?」
「ほっぺは奪われたけど、唇はまだでしょ?」
「なっ!?」
「いえーい。あたしが初キッス~」
「もう! こらー! 沙耶ちゃん!」
 ぽかぽか沙耶を殴るが、もちろん本気ではない。
「まあまあ、女同士だし、別にいいじゃん。それに」
「それに?」
 美白はもう怒っていなかった。憂いを帯びた沙耶の表情に背筋が伸びる。
「あたしにも、特別が欲しかったなーって。ごめんね。ただの嫉妬」
 そう言った沙耶を、美白は優しく抱きしめる。
「…………そう言えばみしろんから抱き着かれたこともなかったなー」
「沙耶ちゃんは、とっくに特別だよ」
 その言葉を沙耶はしっかり噛み締める。
「そっか。そうだよね。あたしはみしろんの特別だったね」
「そうだよ。忘れないでね」
「うん。絶対忘れない」
 そうして別れの時はきた。
「…………樹幹だ」
「うん。……じゃあ沙耶ちゃん。今度こそ、次は大学で!」
「うん! あたしも頑張る!」
 そう言って美白は車に乗り込んだ。車が発車してからも、美白は後ろで手を振る親友に、姿が見えなくなるまで手を振った。
父の車で空港を目指す。今日は平日。沙耶にも湊士にも、見送りはいいと伝えてあった。
 しばらくすると、館内放送で搭乗のアナウンスが流れる。
「行くか」
 父がそう言い、飛行機の乗り込む。
『まもなく当機は発射します。シートベルトをお締めになってお待ちください』
 もうすぐ日本とお別れだ。その時、ポーチに付け替えたアクキーがきらりと輝いた。
「ねーちゃん。それなに?」
「うん? これはね、恋愛成就のお守りだよ」
 そして美白を乗せた飛行機は離陸した。
(絶対に、また会おうね)
 美白は心の中で、そう呟く。
 美白は例のアクキーにキスをする。
 ピンクのバラの花ことばは、「愛の誓い」。