(湊士パート)
 美白が現れなくなって1週間が経った。なぜ、彼女はいないのか。単にホワイトデーまで会わないつもりなのか。だとしてもそうならメッセージカードにそう書くはずだ。
 何か嫌な予感がする。
 根拠はないが、湊士はそう思うことしかできなかった。
「来週から電車のダイヤ、変わるから注意しなさい」
「了解です。時刻表は貰ってあります」
「よし!」
 いつものOLとその部下の話し声が聞こえる。どうやら電車のダイヤが変わるらしい。
 ならなおのこと、何分発の電車に乗ればいいかわからなかった。
 焦りだけが募っていく。
 学校に着いても勉強に身が入らない。凌悟は朝練だし、昴は、気まずさからか始業ギリギリにやってくる。
 なにもかも上手くいくはずだった。なのに、彼女がいない。ただそれだけで世界から彩がなくなった。
 さすがになにか様子がおかしいことに気付く凌悟と昴は、昼休みに湊士になにがあったのか聞きだすことに。湊士は事の経緯を話した。
「うーん。風邪じゃない? ここのところ、めっちゃ寒いしそんなに長いならインフルエンザかも」
「あー、確かに。最近また流行ってるってニュースで言ってたな」
 確かにそうかもしれない。だが、湊士はなにか違う感じがした。
「とらえずお見舞いにも行けないんだ。湊士はホワイトデーまでに告白を受け入れるかっこいいセリフでも考えてろよ」
「そう、だな。そうする……」
 湊士自身もびっくりだった。あの電車に美白がいないだけでこんなに落ち込むなんて思っても見なかった。
「はあ……」
 何度ついたかわからないため息を零す。
 そして翌週になるが、美白の姿はなかった。
「ダイヤ、変わっちまったな」
 時刻は7時13分。少し早い時刻で電車を待つことに。
 電車はゆっくり1番ホームに入ってくる。電車が停止し、ドアが開く。湊士はトボトボと電車に乗り込む。するとドアが閉まろうというその時、美白が乗り込んできた。
「あっ」
 思わず声が出る湊士。表情は明るくなり、声をかけようとして、やめた。理由は、明らかに湊士のことを認識しているのに、こちらへ顔を向けてくれなかったからだ。
 一瞬、チラっとこっちを見てくれる。しかし、やはり視線を外される。
(なんだ? いったいどうしたっていうんだ?)
 わけがわからないまま、湊士は学校へ行くため電車を降りる。振り向くと、何かを伝えたそうな表情で、ドアの向こうから湊士を眺めていた。
 事情を二人に説明する。
「――ってことなんだけど、どう思う?」
「うーん。どういうことだろ?」
「さすがに情報がなさすぎだろ」
「だよなあ……」
 完全に八方塞がりだった。そんな中、昴から悪魔のささやきがした。
「それって……、もしかしてフラれちゃったってこと?」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ! 考えないようにしてたのにぃぃぃぃぃぃぃ!」
 絶叫する湊士。
 かわいそうになったのか、背中をさすってくれた昴。
「じゃあさ。今からでもあたしに乗り換えるっていうのは?」
「……は?」
「いや、だってさ。フラれたっぽいじゃん? たぶんだけど。なら、ここに湊士が好きな女の子がいますってアピールしてるだけだけど」
「それは無理だ」
 憔悴しきっていた湊士だったが、これだけはキッパリ断った。
「俺は諦めない。事情も聴かずにはいさよならなんて、俺にはできない!」
 ようやく少し、活力が戻ってきた。
「なんだ。元気出るんじゃん」
「え?」
 そういう昴は、嬉しそうに笑っていた。
「あたしが惚れた男はさ。いつまでもうじうじしないと思うんだよね。とりあえずまず行動!がモットーだったはずでしょ?」
 言われて気付いた。自分は今、何をしているのだろうかと。いつだって前向きな考えが自分じゃなかったのか。そう思うと、頭の中の霧が晴れていくような感じがする。
「わりぃ! 今日早退する!」
「おいおいおい! 落ち着けって!」
「なんだよ。とりあえず彼女の高校へ行ってだな」
「それでどうするってんだよ」
「そりゃ、話し合いでしょ」
「お前の話を聞く感じ、向こうには心の整理が必要っぽいけど?」
「あっ」
 そうだった。何か言いたそうだった。でも言うのが怖いと、そんな感じだった。
「向こうにも落ち着く時間をあげようぜ? ホワイトデーにも来なかったら、その時突っ走ればいい」
「ああ、そうだな!」
 ようやくいつもの調子を取り戻した湊士。しかし、1日、また1日と時間が削られても、それ以降美白を見ることはなかった。
 そんなある日、見知った人を電車で見かける。いつぞやの車椅子のお婆さんだ。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
「今日は彼女さんと一緒じゃないの?」
「それが……」
 湊士は話すべきか悩んだ。その背中を押してくれたのは、お婆さんだった。
「あなたたちには恩があるからねえ。あたしでよけりゃ聞くよ?」
「……はい。実は」
 湊士は事情を話した。自分たちはまだ付き合っていないこと。でも両想いだったこと。バレンタインの時に告白してくれたこと。それからほぼ、音信不通なこと。
 お婆さんは黙って聞いてくれた。
「なるほどねえ……」
 話し終えると、湊士は改めて自分の状況を整理できて、冷静に考えることができた。
「ごめんねえ。あたしじゃどうも力になれそうにないよ」
「いえ、話を聞いてくださっただけでも、だいぶスッキリしました」
「すまないねえ……」
 お婆さんは心底申し訳なさそうにしていた。
「でもねえ。会ったときから思ってたんだよ」
「……何をですか?」
「二人は実にお似合いのカップルだなあって。二人いてそれが自然だなあって思っちゃうくらいにね。やっぱり、今の坊やには欠けてるよ」
「欠けてる……?」
「そうさね。運命なんだろうさ。二人が出会ったのはね」
「運命……」
 その言葉の信ぴょう性なんてない。でも、二人がいてそれが自然と言ってくれたのは嬉しかった。
「ありがとうございます。お婆さんのおかげで、俺、頑張れそうです!」
「そうかい? そりゃーよかった」
 そうして待った。とにかく待った。そうしていると、日付は3月14日になっていた。