2月(湊士パート)
そして物語は冒頭に戻る。
まさか昴からだけしかもらえないと思っていたバレンタインチョコを、本命である美白から貰えるなんて、想像していなかった。
とはいえ、これは隠す必要があった。昴はすでに本命から告白されたことなど知らない。そして昴からの気持ちを聞く前に、昴の勇気を折るわけにはいかなかった。
湊士は普段どおり学校に着く。しかし、時刻は朝練に合わせていたので、教室は湊士一人だった。
先月はここで教科書を開いて朝の勉強会をしていた。
だが、今日だけはそういう気持ちになれなかった。美白からのチョコもそうだが、親友との約束を果たすため、今日人生で初めて女の子をフる。
言葉だけ取ってみると、スゲーなと湊士は思った。
恋なんて自分には縁がないと思っていた。だからバスケにのめり打込めたし、それでよかった。だが、あの朝。あの時刻に美白と出会った。
人生とは積み重ねなのだと思った。過去の自分があり、今がある。だから後悔のないように生きたい。そう思うようになった。
そして自分以外の最初の来訪者が来た。
「よお」
「あ、うん」
昴と軽い挨拶を交わす。明らかに昴は緊張していた。そこで湊士から話題を振ってみる。
「今日は早いじゃん」
「うん。まあね」
そう言いながらも席に着こうとしない昴。待っていると、昴は深呼吸を始め、よしっと気合を入れた。
「あ、あのさ。湊士に渡したいものがあるんだよね」
「俺に? なに?」
「えっと……。チョコ、なんだけど」
「おー、義理チョコか? ありがてえ」
本当はわかっている。そのチョコが本命であることを。しかし、湊士からバラしてしまえば、凌悟から聞いたとこがバレる。だから普段どおり接することにする。
「えっとね。実は違うんだ」
「違うって、なにが?」
そこで昴は黙ってしまった。湊士は内心、頑張れ、と応援する。
「あのね! 湊士に好きな人がいるって知ってる。知ってるんだけど……」
「…………」
湊士はもう口を挟まない。黙って昴の背中を押す。
「ごめん! あたしも湊士が好き! だからこれは本命! 受け取って、くれないかな?」
そう言って差し出される本命チョコ。湊士は黙ってそのチョコを見つめた。
美白とは違ってやや歪んだリボンのラッピング。隠すために鞄に入れていたためくしゃっとなった包み紙。しかし、そこには確かに恋心が籠っていた。
手にはたくさんの傷痕。たぶん相当練習したのだろうことが湊士にもわかる。
今からこんな健気な女の子をフる。そう考えると、湊士は自分がとんだクズ野郎のように思えた。
ずっと黙っていたせいか、昴は湊士の顔をちらっと見る。
「…………湊士?」
言葉にしないといけないのに、なかなか言葉が出てこない。とりあえず、自分のためにここまでがっばんってくれたことにお礼を言う。
「ありがとな。ここまでしてくれて」
言葉とは裏腹に、湊士の手は動かない。
「でもごめん。俺、好きな人がいるんだ」
やっと出た言葉。湊士はちゃんと昴をフることができた。その瞬間、昴は体を震わせて涙を零す。
「おい!?」
「来ないで!」
湊士が近づこうとすると、制された。
「わかってたから……。こうなるってこと。わかってたから……。だから、大丈夫」
全然大丈夫ではないことは見ればわかった。しかし、フッた側が何を言っても、それは無駄というものだ。
「あー、すっきりした! ありがとね」
「…………」
湊士は黙って席を立つ。そして教室から出て行った。
残された教室から、昴の泣き声が聞こえてくる。
これでいい。
そう無理やり自分を言い聞かせた。
「ちゃんと、約束守ってくれたんだな」
「凌悟……」
久しぶりに会話する親友は教室のドア横に立っていた。
「……見てたんだ」
「ああ、悪い」
「いいよ」
こうして昴の恋は終わった。しかし、これからまた始まるのだ。
人生は長い。初恋で甘酸っぱい思いをしたやつなど星の数ほどいるだろう。たまたま、昴もその一人だった。それだけだった。
昴の件はこれで終わり。後はホワイトデーまでに、最高の逆告白を考えないといけない。
美白が喜ぶ最高のシチュエーション。それを考える日々が来る。そう思っていた。しかし、次の日から美白が電車に現れることはなかった。
そして物語は冒頭に戻る。
まさか昴からだけしかもらえないと思っていたバレンタインチョコを、本命である美白から貰えるなんて、想像していなかった。
とはいえ、これは隠す必要があった。昴はすでに本命から告白されたことなど知らない。そして昴からの気持ちを聞く前に、昴の勇気を折るわけにはいかなかった。
湊士は普段どおり学校に着く。しかし、時刻は朝練に合わせていたので、教室は湊士一人だった。
先月はここで教科書を開いて朝の勉強会をしていた。
だが、今日だけはそういう気持ちになれなかった。美白からのチョコもそうだが、親友との約束を果たすため、今日人生で初めて女の子をフる。
言葉だけ取ってみると、スゲーなと湊士は思った。
恋なんて自分には縁がないと思っていた。だからバスケにのめり打込めたし、それでよかった。だが、あの朝。あの時刻に美白と出会った。
人生とは積み重ねなのだと思った。過去の自分があり、今がある。だから後悔のないように生きたい。そう思うようになった。
そして自分以外の最初の来訪者が来た。
「よお」
「あ、うん」
昴と軽い挨拶を交わす。明らかに昴は緊張していた。そこで湊士から話題を振ってみる。
「今日は早いじゃん」
「うん。まあね」
そう言いながらも席に着こうとしない昴。待っていると、昴は深呼吸を始め、よしっと気合を入れた。
「あ、あのさ。湊士に渡したいものがあるんだよね」
「俺に? なに?」
「えっと……。チョコ、なんだけど」
「おー、義理チョコか? ありがてえ」
本当はわかっている。そのチョコが本命であることを。しかし、湊士からバラしてしまえば、凌悟から聞いたとこがバレる。だから普段どおり接することにする。
「えっとね。実は違うんだ」
「違うって、なにが?」
そこで昴は黙ってしまった。湊士は内心、頑張れ、と応援する。
「あのね! 湊士に好きな人がいるって知ってる。知ってるんだけど……」
「…………」
湊士はもう口を挟まない。黙って昴の背中を押す。
「ごめん! あたしも湊士が好き! だからこれは本命! 受け取って、くれないかな?」
そう言って差し出される本命チョコ。湊士は黙ってそのチョコを見つめた。
美白とは違ってやや歪んだリボンのラッピング。隠すために鞄に入れていたためくしゃっとなった包み紙。しかし、そこには確かに恋心が籠っていた。
手にはたくさんの傷痕。たぶん相当練習したのだろうことが湊士にもわかる。
今からこんな健気な女の子をフる。そう考えると、湊士は自分がとんだクズ野郎のように思えた。
ずっと黙っていたせいか、昴は湊士の顔をちらっと見る。
「…………湊士?」
言葉にしないといけないのに、なかなか言葉が出てこない。とりあえず、自分のためにここまでがっばんってくれたことにお礼を言う。
「ありがとな。ここまでしてくれて」
言葉とは裏腹に、湊士の手は動かない。
「でもごめん。俺、好きな人がいるんだ」
やっと出た言葉。湊士はちゃんと昴をフることができた。その瞬間、昴は体を震わせて涙を零す。
「おい!?」
「来ないで!」
湊士が近づこうとすると、制された。
「わかってたから……。こうなるってこと。わかってたから……。だから、大丈夫」
全然大丈夫ではないことは見ればわかった。しかし、フッた側が何を言っても、それは無駄というものだ。
「あー、すっきりした! ありがとね」
「…………」
湊士は黙って席を立つ。そして教室から出て行った。
残された教室から、昴の泣き声が聞こえてくる。
これでいい。
そう無理やり自分を言い聞かせた。
「ちゃんと、約束守ってくれたんだな」
「凌悟……」
久しぶりに会話する親友は教室のドア横に立っていた。
「……見てたんだ」
「ああ、悪い」
「いいよ」
こうして昴の恋は終わった。しかし、これからまた始まるのだ。
人生は長い。初恋で甘酸っぱい思いをしたやつなど星の数ほどいるだろう。たまたま、昴もその一人だった。それだけだった。
昴の件はこれで終わり。後はホワイトデーまでに、最高の逆告白を考えないといけない。
美白が喜ぶ最高のシチュエーション。それを考える日々が来る。そう思っていた。しかし、次の日から美白が電車に現れることはなかった。