10月(美白パート)
「という訳で、生徒会でもなにか出し物をする」
 生徒会室で、凛とした声がこだまする。
「しかし会長。なにをするんです?」
 美白が尋ねると、会長はふむ、と考え込み、やがて1つの案を出す。
「そうだね。学内案内所、がいいと思っている」
「学内案内所?」
 よくわからなかったので美白は追加で質問する。
「文化祭は学校中で開催される。うちは付属高校だからかなり規模が大きい。模擬店の数もそれなりになるだろう」
 それは美白にもわかっていた。しかし、文化祭に来る人は大抵、知り合いのところにしか顔を出さないのではないかと考えていた。
「言いたいことは分かる。だが、これはこの学校をアピールする絶好の機会でもあるのだよ」
「はあ……」
「我々は生徒会だ。事前にどこで、何をするのかわかっている。これはかなりのアドバンテージだ。それを活かさない手はない」
「それで生徒会でどこで何をやっているのか案内する場所を作るっていうことですか?」
「そのとおりだ」
 美白はなるほど、と思った。生徒会という立場上、他より情報をもっているため、有利すぎる。だから営利目的の出店は禁止されている。だから代々生徒会では何もしてこなかった。
「わたしはね。この状況をよく思っていないのだよ。より多くの人にこの学校の良さを知ってもらうためにどうするか? この文化祭を利用し、学校の知名度を上げる。それがわたしの計画だ」
 美白は正直、いい案だと思った。自分のクラスでも出し物をするが、せっかく生徒会に入ったのにこういう行事で何もしないのはなにか歯がゆかった。
「私は賛成です。やってみたいです」
 美白に続いて、他の生徒会メンバーも賛成を表明してくれた。
「よろしい。ではパンフレットは自作は難しいので学校側に頼むとしよう。とはいえ、飾りつけくらいは必要か……」
 飾りつけという言葉に、美白はある記憶が蘇る。それはゴールデンウィークに湊士を尾行していた時に見つけた花屋だった。
「あの……会長」
「なんだね?」
「飾りつけなんですが、お花なんてどうでしょう?」
「ほう、花か。折り紙で作るものより見栄えはいいが、高価だろう?」
「いえ、私を含めて自分のクラスで出し物をする人も多いかと。そんな中生徒会まで時間を割いては生徒会メンバーの負担が大きいのでは?」
「なるほど、一理ある」
 会長はしばし考えた後、美白の案を採用した。
「よかろう。しかし、白雪君のいう店を、他の者は知らない。責任者としてわたしと同行してもらうが、構わんかね?」
「はい!」
「よろしい。ではわたしは先生にパンフレットの件を申し込んでくる。今日の会議は以上だ」
 こうして生徒会会議は終了した。
「ごめんね。うちも忙しかったから花を買うだけでいいなら楽できるわ」
「買い出し、面倒だろうけどよろしくな」
「はい!」
 先輩にも労われ、張り切る美白。結局買い出し、というより下見を来週行うこととなった。
 そして花屋へ会長と出掛けることに。
 電車にお乗り込み、ガランとした車内で適当な場所に座る。
「白雪君は来年、いい生徒会長になれるな」
 会長から突然、話題をふっかけられる。
「会長、あまりからかわないでください。私が生徒会長になるかなんて、わからないじゃないですか」
「安心しなさい。わたしが推薦しよう」
「やめてください。それは不公平でしょう?」
「そうか? それより、世の中の方がよっぽど不公平で溢れているぞ」
「話をはぐらかさないでください」
「いや、悪い悪い。しかしだな。ここだけの話、君を推す声はかなりおおきいのだぞ?」
「えっ」
 自覚がなかった。周りになにかしたっけ? と疑問に感じる美白。その答えを会長は指摘した。
「君は真っ直ぐで几帳面だ。曲がったことを嫌い、困った人を助けるおせっかいなところもあるな」
「そ、そんなことないですよ」
 やたら褒められて、思わず照れる美白。
「いやいや。事実を言ったまでだよ。この前だって車椅子のお婆さんを助けたそうじゃないか。誰にでもできることではないぞ?」
「そ、それは……」
 本当は湊士が先に動いたから自分も動いた、などと恥ずかしくて言えなかった。
「知り合いのいないところでの行動こそ、その人物の本質がわかるというものだ。誇っていい。君は生徒会長たりえる人格者だ」
「は、恥ずかしいのでその辺にしていただけませんか?」
「ふむ? まあいいだろう。この話はまたいずれ」
 会長との会話が一旦切れ、「ふぅ」とため息をつく美白。そしてガラガラの車内を見渡すと、湊士がいた。驚きで一瞬で視線を外してしまう。
「ん? どうかしたかね?」
「い、いえ……」
 それ以降、美白は黙ってしまった。会長も特に話すことがないので黙って座っている。
 そして目的地に近づくと、美白は早めに席を立つ。
「まだ電車は止まらんよ」
「わかってます」
 会長は不思議そうに美白を見る。そして電車が速度を落とし、停車しようかという時、美白はわざとらしく大きな声で会長を呼ぶ。
「会長! 降りますよ!」
 少し声が大きすぎたかもしれない。会長は驚き、席を立つ。
「わかっているとも。それよりどうしたんだね? 急に大きな声を出して」
「あっ、いえ、すみません……」
 大声を出したかと思えば、急にしおらしくなる美白を見ながら、会長は周りも見回してみる。すると、別の学校の学生が目に留まる。
「ああ、なるほど。そういうことか」
「……なんですか?」
「クフフ。君もかわいいところがあるじゃないか」
「な、何のことか私にはわかりません」
「なに、事情は君の友人から少し聞いていてね。……なるほど、彼がそうか」
「もう、沙耶ちゃん! 口軽すぎ!」
「クフフ、いいではないか。良き友人を持ったな」
 電車を降りると、美白は「失礼します」とだけ言って女子トイレに逃げていった。
「普段からあれくらい愛想を振りまけばいいものを。生徒会だからといいって堅苦しくする必要はないのだがね」
 会長は独り言を言い、トイレの前で待つことにした。
 すると湊士が前を横切る。会長は不敵に笑い湊士を観察する。だが、それも一瞬で、湊士は凌悟に呼ばれ、去っていった。
「なるほど、いい目をしている。白雪君の人を見る目は素晴らしいな」
 しばらくして、トイレから美白が出てきた。
「……もう大丈夫ですか?」
「それはこちらのセリフなのだが。もうお腹はいいのかね?」
「もう! 会長は意地悪です!」
「クフフ。からかいがいがあるな君は。もっと前から知っておくべきだった」
「もう!」
「おお、怖い怖い。さ、件の花屋へ行こうじゃないか」
「もう……」
 会長は先に歩き出し、美白は待ってくださいと追いかけた。
「いらっしゃいませー」
 この店に来るのも久しぶりだ。飾られている花の種類が変わっている。季節で変わるのだろう。
「あら? 確かあなた、ゴールデンウィークに……」
「あ、はい。ご無沙汰しています」
「また来てくれたのね。嬉しいわ」
 会長はざっと店内を見渡して、店員に告げる。
「店員さん。わたしたちは来月の文化祭で生徒会室に花を飾ろうと考えている。素人のわたしたちではどれがいいか判断できない。ゆえに適当に見繕ってはいただけないか?」
「かしこまりました。では予約させていただきますので、ここにお名前とご連絡先の記入をお願いします」
 会長が達筆な字で予約表に記入していく。そこへ店員がボソッと美白に声をかけた。
「あの時の彼とはどうなりました? まさか乗り換え?」
 美白は顔を赤くしながら否定する。
「ちちち、違いますよ!」
「あらそう。ごめんなさいね」
「店員さん。あまりうちの書記をからかわないでいただきたい」
「ごめんなさいね。ホホホ……」
 美白は、人のこと言えるのかと内心ツッコミを入れるが、蒸し返してまたからかわれるのが嫌だったので黙っていた。
「これでいいかね?」
 会長が記入完了したようだ。店員が確認を取る。
「……はい。大丈夫です。ではありがとうございましたー」
 こうして二人は店を出る。
「では後は文化祭前日に取りに来るだけだな」
「そうですね」
「では、学校に戻るとしよう」
 そう言ってすぐに帰ろうとする会長。
「会長。他にはなにもいいんですか?」
「ああ、セロハンテープやその他もろもろは生徒の持ち寄りで何とかなるだろう。余計な出費は抑えたい」
「わかりました」
 こうして二人は学校に戻った。
 帰りの電車は静かなものだった。美白は湊士のことを考えていた。文化祭に誘ったら来てくれるだろうか? しかし、とてもじゃないが誘う勇気は出なかった。