9月(美白パート)
 9月は学校が再開する。
 しかし全く気が進まない。
 いっそずる休みしたらいいのに、それはダメだという真面目っぷりに、自分自身が嫌になる。
 7時16分の電車に乗り込む。いつもの場所には湊士がいる。
 いつもなら胸がドキドキして嬉しさで溢れるのだが、そんな気持ちは湧いてこない。
(平賀くんには彼女さんがいるんだから身を引かなきゃ)
 そういう想いから、美白は湊士を見ることはできなかった。
 学校に着くと、沙耶が心配してくれた。
「大丈夫……な訳ないか」
「自分でもびっくりだよ。こんなに胸のあたりが空っぽに感じたこと、ないから」
「なにかあったら、あたしを頼ってね」
「うん。ありがと」
 明らかな作り笑いで返事する。それが沙耶にも伝わっていて、友人を苦しめていることに、余計に自分は自分を許せない悪循環に陥っていた。
(ダメダメ! なにか楽しいこと、考えないと!)
 そう思っても、思い出されるのは湊士がやっていたお姫様抱っこのことだった。
(いいなあ、お姫様抱っこ。私もされてみたいなあ……)
 そんな想いが膨らんでいき、いつしか妄想に耽るようになった。
「美白。一緒に花火を見よう」
 湊士は美白をお姫様抱っこしながら、高台へ登っていく。
「どこへ行くの?」
「絶景スポットさ。足場が悪いから、我慢してくれよ?」
「我慢だなんて……。むしろ嬉しい」
「そう? ならよかった」
 そして花火が打ち上げられる。
「きれいだね」
「そうだね。でも――」
 湊士はグイっと美白に顔を近づけて今にもキスしそうな距離で囁く。
「美白の方が、もっときれいだよ」
「えっ……」
 そしてそのまま口づけを――
「それはまだ早いですぅぅぅぅ!!!」
「ど、どうしましたか? 白雪さん?」
「ほへ?」
 どうやら英語の授業中のようだった。夢の終わりを迎え、現実に引き戻される。
「大丈夫ですか?」
「あのー、ちょっと保健室に行ってもいいですか?」
「わかりました。保健委員は誰でしたか?」
「あ、あたしです」
 沙耶が挙手する。
「なら一緒について行ってあげてください」
「はーい」
 沙耶は美白の手を取り、保健室へと向かった。
 美白をベッドに寝かせると、沙耶は早速事情を聞く。
「みしろん、なにがあったの?」
「うぅ……。言えない」
「あたしは心配だよ。ついに狂っちゃったのかなって思って」
「そ、それは大丈夫。ちょっと元気出しただけ」
「ならいいけど……。無理してない?」
「うん」
「ほんとに?」
「大丈夫。でもちょっと寝るね」
「わかった。じゃああたしは戻るから、何かあったら言ってね」
「うん」
 そう言って沙耶は教室へ戻っていった。
 まさか言えるわけがなかった。
 いろんなシチュエーションで湊士に砂糖を吐くようなセリフを言わせてへらへら笑っているなどと。
「やっぱり諦めきれないよね」
 ベッドの中で決心する。
「平賀くんに本当に彼女さんがいるのか、確かめてからでも泣くのは遅くないよね」
 そう独り言を言って、元気をひねり出した。