8月(湊士パート)
 夏祭り当日。
 湊士は待ち合わせ場所へ向かった。そこにはすでに、二人の姿があった。
「遅―い」
「まったくだ。5分遅刻だぞ」
「わりい! お、昴浴衣似合ってんじゃん」
「でしょでしょ~。もっと褒めていいのよ?」
「じゃあ行くか!」
「おい」
 こうして騒がしい会場へ向かうことにした。
「スゲーな。俺、ここ始めてきたけど規模結構大きいな」
「ふふん。ここはあたしにまかせなさーい。花火も後で上がるはずだよ。絶好の隠れスポット知ってるんだ」
「なにその恋愛マンガあるあるみたいなの」
「あるんだからいいじゃん! あ、ほらチョコバナナ食べよ!」
 今日の昴はいつもの感じより幼さがあった。というのも、普段はややクール気味だが、今日ははしゃぎまくっている。まるで子どものように。
「意外だよな」
「ああ、そうだな」
 その雰囲気は凌悟も感じ取っているらしく、少し驚いていた。
「ま、昴から行きたいって言ってた祭りだもんな。せかっくだししっかり楽しもうぜ」
「ああ」
 その後、昴に連れられていろんな場所を巡った。
 特に射的では、絶対特賞のぬいぐるみが欲しいと息巻いていたが、結果は撃沈。
「仇とって」
 やたら凄みを見せる昴に押される形で強制参加させられる二人。
「はあ、まあ、やるだけやってみるか」
 湊士は銃を構えてポンッとコルクを打つ。しかし、ぬいぐるみはゆらゆら揺れるだけで落ちることはなかった。
「こりゃ無理かなあ」
 湊士が音を上げると、凌悟が腕まくりをする。
「俺に任せろ」
 そう言うと、凌悟は万札を店に渡した。
「おいおい、いいのか、そんなに使って」
「これくらい気合入れなきゃ取れねえよ」
「かっくいー。頑張れー」
「凌悟、しっかり!」
 凌悟は不敵に笑うと、コルク銃を何十発も打ち込む。少しずつだがぬいぐるみは押し込まれ、数の暴力により見事ぬいぐるみをゲットした。
「スゲー。マジで取りやがった」
「ほらよ」
 そう言って凌悟はぬいぐるみを昴に渡そうとした。
「いや、さすがに悪いって。結構使っちゃったでしょ?」
「男がぬいぐるみ持っててもしょうがないだろ」
「うーん。そこまで言うなら貰っちゃおうかな」
「そうしてくれ」
 とはいえ、ぬいぐるみは結構大きく、昴に持たせておくと邪魔だろうということで、帰るまで凌悟が持つことにした。
「ごめんね。荷物持ちみたいなことさせて」
「構わんさ」
「さすが、バスケで鍛えてるだけあるねー」
「てめえ、嫌味か? 俺が勝てないからって調子に乗るなよ」
「別に1on1勝てても試合で勝てなきゃ意味ねえよ。個人技なんて、限界があるさ」
「つってもないよりマシだろ?」
「そうだけどさあ……。凌悟には凌悟のいいところあるんだから、そうひねなくてもよくね?」
「俺のいいところって?」
「背が高い。俺より筋肉がある。あと優しい」
「なんだよ。持ち上げてもなんも出ねえぞ」
 凌悟がいい気分になったところで、湊士はさらに持ち上げる。
「あと勉強ができる」
「…………2学期は自力で何とかしろよ」
「そんなこと言わずに頼みますよ、凌悟センセー」
「ったく。仕方ねえなあ」
 湊士はいい意味でも悪い意味でもバスケ馬鹿である。たゆまぬ努力のおかげで、広い視野、咄嗟の判断力でチームのスコアラーになっている。
 そして朝練までこなす代わりに、授業をしばしば眠ってしまいがちだ。そのためいつも赤点ギリギリ。テストでは凌悟や昴に助けてもらっていた。
 湊士にとって、凌悟は頼れる兄貴分でもあった。
「さて、そろそろ花火か?」
「うん、そうだね。じゃあ秘密の場所へご案なーい」
 そう言って歩き出した昴は、いきなりその場でこけてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「いてて……。うん、へーきだよ……っ!」
 立ち上がろうとすると、昴の顔が苦痛に歪む。
「ちょっと見るぞ」
 湊士は昴の足を確認する。すると少し腫れていた。さらに下駄の鼻緒が切れていることも確認できた。
「立てそうか?」
「んー、ちょっときつそう……」
 昴は片足立ちする。もちろん、それで歩けるはずもない。
「しゃーねえなあ」
「え、何する気? ってひゃあ!」
 湊士は昴をお姫様抱っこした。
「え、ちょちょちょ! 恥ずかしいんだけど!」
「文句言うな。歩けねえだろ」
「だからってこれは……」
「んなこと言ったって、おんぶだと浴衣着てるとヤバいだろ」
「だからデリカシー!」
 昴は湊士の腕の中で暴れるが、足が痛むのか手だけで抵抗してきた。
「下駄は持ってろよ」
「う、うん……」
「花火どころじゃねえな……。帰るぞ」
「え? せっかく来たのに……」
「んなこと言ってる場合か。悪化したらどうする」
「うん……」
「凌悟! 先を歩いて道作ってくれ!」
「ああ……」
 元気のない凌悟に気付かないまま、湊士は昴に声をかける。痛みはどうか、抱っこされて痛いところはないか気遣っていた。
「ほんと、1歩先を行くよ。お前は」
 凌悟の言葉は雑踏に消える。
 湊士は帰る際、ずっと昴を気にかけていた。
「おい、顔赤いぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だって……」
 こうして夏祭りは消化不良で終わってしまった。
 時期が夏休みということもあり、次に昴と会うのは、夏休みが明けてからだった。
 そしてこのころから昴の様子がおかしくなるのだが、湊士はそれどころではなかった。