「それにしても、響子が部活入るとか信じらんないな〜」
となりを歩くのは、クラスメートで、中学からの親友の芳野美紗。
美紗はすごく明るくて、一緒にいるだけで元気になる。
それは失礼、なんて返しながら、目的地に向かう。
「だってさ、響子、昔っから帰宅部だったじゃん?なのに急に弦楽部入る!とか言い出すし!」
──弦楽部。
弦楽器を演奏する部活にわたしが入ろうとしているのはもちろん、ギターのためだ。
奏と一緒にいても、練習という練習にならないし、それに、中途半端なままじゃ、奏の足を引っ張ってしまう。そんなのだめだ。
ほんとは、1番のコンプレックスの声を乗り越えるために、演劇部とか、放送部とかに入るほうがよかったのかもしれない。
でも、やっぱり怖さがあるし、無理に挑んでいって、もっと怖くなるのは嫌だった。
それなら、自分が好きな音楽をとことんやるほうが、何倍もいい。それに、弦楽部には美紗がいる。
1ヶ月、悩みに悩んだ末の、最善の策。
自分の考えをもう1度見直して、うん、とひとりごちる。
そして、先に音楽室に顔をのぞかせて「こんにちは〜!」と挨拶する美紗を追いかけた。
「じゃあ、津城さん。これからよろしくね」
「よろしくお願いします……!」
部長の金澤先輩は、にこっと笑う。
突然入部させてくださいだなんて、迷惑なんじゃないかと不安だったけど、美紗から聞いていたとおり優しい先輩でほっとした。
ギターを持っていることを伝えると、「じゃあ、ギター担当ね!」と言ってくれた。
メトロノームの規則的な音が響く。
それに合わせて、楽譜を見ながら弾いてみる。でも、初見で弾くのは難しくて、2小節弾くだけでも大苦労だ。
すると、背の高い先輩がやってきた。
「おれ、ギター担当の渡辺。よろしく」
奏とは違うタイプのイケメンだ。
「津城さん、まずギター聴かせてくれる?」
前に奏にも同じようなことを言われたけど、渡辺先輩にはちょっと威圧感があって緊張してしまう。
「曲は……天音の『スターチス』とかどう?」
その曲を知らなくて首を傾げると、知らないのはおかしいだろ、とでも言うふうに睨まれる。渡辺先輩はちょっと怖い。
「これだよ」
優しい音楽が先輩のスマホから流れる。
男の人が歌っていて、伴奏はギターとピアノだけ。
ありがとう、とか、大好き、とか、あたたかい言葉が多い歌で、家族や恋人、それに友達への想いを込めた歌なんじゃないかなぁと思った。
なんだか懐かしいなぁ、と感じるのは、ちょっとだけ、夢の中の2人の音楽に似てるからかもしれない。
でも、あの歌を歌っているのは女の子だから、たぶん別の人。
「有名だけど知らない?1年くらい前にすごい流行ったけど」
「すみません、知らないです……」
「じゃあ、これ見て弾いてみて。簡単な音も多いし、すぐ弾けると思う」
知らない曲だから違うのを提案してくれるかと思ったけど、先輩は楽譜を突き出してきた。
たしかに、すごく難しいわけではなさそうだけど、初見で弾くのは厳しそう。
だけど、弾けませんなんて言える雰囲気じゃない。むしろ、そんなこと言ったら、即退部を言い渡されそうだ。
覚悟を決めて、ギターを構える。
大きく深呼吸をして、最初の音を奏でたとたん、
「ストップ。チューニングした?」
渡辺先輩にぎろりと睨まれる。
「しました……」
恐る恐る答えると、先輩の眉がつり上がる。
「ありえない……」
そう言ってため息をついた先輩に、ギターを奪い取られた。
*
すっかり夜の色に染まった帰り道を美紗と歩く。
「そんなに落ち込まなくて大丈夫だよ〜」
美紗は、わたしの肩をぽんぽんとたたく。
いつも通りでいるつもりだったけど、落ち込んだ顔になってたかな。
でも、落ち込むのも当然だ。
渡辺先輩に、すごく怒られてしまったから。
音が悪いとか、リズムがおかしいとか。
入部初日から、全然うまくいかなかったな。
彼女はそんなわたしをチラッと見て、頬を膨らませる。
「私、落ち込んでる響子大っ嫌い!元気出してくんなきゃ友達やめる!」
小学生みたいな言葉に、思わず吹き出してしまう。
そして美紗は、してやったりとでも言うかのようにニヤッと笑う。
「やっぱ笑ってるほうがかわいい!」
美紗は見た人全てがかわいいと言うくらいかわいいけど、わたしはかわいいと正反対の位置にいる気がする。
だけど、それを言ったら美紗に「はぁ!?」と言われるのは目に見えているから黙っておく。
空を見上げると、星が煌めいてる。
きれいだなぁ。奏も見てるかな。
そんなことを考えながら歩いていたら、美紗がわたしの名前を呼んだ。
「気分が沈んだときはね、『猫柳』って歌聴いてみて。私のお気に入り!」
「ネコヤナギ?」
「あれ、知らない?天音って人の歌なんだけど……とにかく勇気が出るんだよ!知らないなら絶対聴いたほうがいいよ!聴かなきゃ損するレベルだから」
また天音だ。天音って、そんなに流行ってる人なのかな。
でも、渡辺先輩に聴かせてもらった『スターチス』もすごくいい曲だったから、家に帰ったら調べてみよう、と思った。