大切なものが何か、いつ頑張る事が必要かわからなかった。
努力を怠り、すぐに諦めていた。
私もそうだった。
いつも受け身で、彼に頼りっぱなしで、もう少し彼の気持ちを繋ぎ止める努力をしていればと最近になって思う。
でも決して彼との恋の終わりを後悔しているわけではない。
蓮さんとの恋の始まり、いや、もう夫婦なのだから、夫婦としての愛情を育んでいく、そんな余裕ある生活を送らなければと反省している。
いつも商店街に行って献立のアドバイスを貰うのだが、今日は出かけられない。
今日の夕食はどうしよう、買い物行けないし、冷蔵庫にあるもので作るしかないと思い冷蔵庫を開ける。
オムライスにしよう。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った、蓮さんからだった。
「美希、大丈夫か、なるべく早く帰るからな」
「大丈夫です、今日の夕食オムライスでいいですか?買い物行けないので、冷蔵庫にあるものですみません」
「上等だ、美希が作るものならなんでも構わない」
「わかりました」
電話の向こうで社長と呼ぶ声が聞こえ、「すまない、もう切るぞ」と彼は電話を切った。
彼からの電話は嬉しい反面、電話が切れると急に寂しさがこみ上げてくる、部屋に一人でいると余計に寂しさが募る。
久しぶりに彼の休みが取れた。
「美希、出かけるか」
「はい」
嬉しい、彼と一緒の時間は心がウキウキする。
しかも久しぶりの彼との外出に嬉しさを隠しきれない。
ショッピンクパークに出かけた、彼と手を繋いで歩くのも久しぶりのことである。
私が化粧室へ行くためちょっと彼と離れた一瞬に事件は起きた。
元彼が現れ、私めがけてナイフを刺そうとしてきた。
「美希、俺達もうダメなのか、それなら俺と死んでくれ」
私は恐怖で動くことが出来ず、自分の命の終わりを悟った。
ナイフが私に刺さりそうな距離に迫ってきた瞬間私の身体を抱きしめ、ナイフから庇ってくれたのは鏑木蓮だった。
ナイフが刺さった彼の脇腹から、おびただしい血が流れた。
元彼はSPによってすぐ取り押さえられ、すぐさま救急車の手配をしたのは東條さんだった。
「社長、しっかりしてください、すぐ救急車来ますから」
「美希、大丈夫か」
彼は自分が大変な状況にも関わらず、パニック寸前の私を気遣った。
「蓮さん、蓮さん、死んじゃイヤ」
「大丈夫だ、俺約束しただろ、俺の命と引き換えても美希を守るって」
「蓮さん、私を一人にしないで」
「東條、美希を頼む」
「かしこまりました」
彼は意識を失った。
「蓮、蓮?ん、イヤ?あ」
彼は手術をして、一命を取り止めた。
彼が目を覚ますまで、片時も彼の側を離れなかった。
「手術は成功しました、奥様、お部屋をご用意いたしますので、少し仮眠をお取りください」
「大丈夫です、ここにいます」
彼のことが心配で彼の側を離れることは出来なかった、私のせいで彼は手術をしなければいけない怪我を負った。蓮さんごめんなさい、ごめんなさい。
彼は中々目を覚まさなかった。
このまま目を覚ます事がなかったらどうしよう。
私はずっと彼の側に寄り添っていた。
彼と知り合えたのは輸血がきっかけだった。
ずっとRHマイナスの血液型は私の人生に於いてマイナスしかなかったように思われる。
大量の輸血が必要な状況にならないように気遣い生活してきた。
だからあの時彼がRHマイナスの血液型と知って、知らないふりは出来なかったのである。
今回は私のせいで、もし、彼が命を落とすような事があったら、そう思っただけで、気が遠くなるような感じがした。
蓮さん、蓮さんは自分の命に替えても私を守ってくれると約束してくれた。
でもどうして、そこまでの気持ちになれるの?
私も今は蓮さんの為に命を捧げてもいいとさえ思っている。
でも知り合った時は、まだ自分の気持ちははっきりわからなかった。
私は、なるべく男性との付き合いを避けてきた。
もう二度とあんな思いはしたくないと強く決めていた。
何日か経ったが彼は一向に目覚めない。
彼の手を握り、「蓮さん」と呼びかけた。
微かに彼の手が動いたような気がした。
「ちょっと動いたよね、蓮さん、蓮さん」
ギュッと手を握る、すると、握り返してくれた。
しばらくして彼は目を覚ました。
「美希?大丈夫か」
「蓮さん、よかった、目が覚めなかったらどうしようかと思いました」
「俺は大丈夫だ、美希が無事でよかった」
「でも私のせいで蓮さんが怪我をしてしまいました、ごめんなさい」
「俺はいいんだ、美希を守れなければ俺の存在意義はない」
「蓮さん、なんでそこまで私のために……」
「決まってるだろ、俺は美希を愛してる、約束しただろう、何があっても一生お前を守るって」
彼と見つめあって、そしてキスをした。
何故あの時東條さんがいたのかわからなかった、そして彼に尋ねた。
「蓮さん、あの時何故東條さんは私達の側にいたのですか」
「俺が頼んだんだ、絶対にあいつはまた来ると思ったから、俺達の側で待機してくれと、そしてSPの手配も頼んだ、まさかナイフで美希の命を狙うとは想定外だったけどな」
そこへ東條さんが現れた。
「社長、大丈夫ですか、しばらく目覚めなかったので心配しましたよ」
「東條、迷惑かけたな、いろいろ助かった」
「いえ、社長と奥様がご無事で何よりです、社長は輸血が必要で、奥様が提供してくれましたよ」
「美希、また美希に助けられたんだな、ありがとう」
「助けていただいたのは私です」
私は安心したのか急に意識が遠のいて倒れた。
「おい、美希、しっかりしろ」
私は別の部屋で治療を受けることになった。
私はしばらくして意識を取り戻した。
「奥様、大丈夫ですか、軽い貧血だそうです」
「蓮さんは……」
「社長は大丈夫ですよ、心配していましたので、軽い貧血と報告しておきました、奥様が無理して倒れると、社長が心配してベッドから起き上がろうとします、私の言うことは全く聞いてくださらないので、奥様はちゃんと休んでください」
「すみません、いつもご迷惑ばかりおかけして」
「いえ、奥様のお役に立てれば嬉しいです」
東條さんは照れているのか、どうしていいか困った表情を見せた。
彼の病室へ戻ると、彼は私の顔を見て安心した表情を見せた。
「美希、大丈夫か、俺が心配かけたからだな」
「いいえ、私が東條さんの言うこと聞かなかったからです、だから蓮さんもちゃんと東條さんの言うこと聞いてください」
「分かった、これからはそうすることにしよう」
「東條さんはご結婚されないのですかね」
「さあ、どうなんだろうな、親父の代からの付き合いだが、女の影ないなあ」
「うちには可愛らしい女性がいるんじゃないですか」
そこへ東條さんが現れた。
「おっ、本人登場だな」
「私の噂でもしていたのですか?」
「あ?っ、お前の女の話だ」
「残念ながら、おりません」
東條さんはチラッと私を見て答えた。
「お前、まさか美希に気があるのか」
東條さんは慌てて私から目線を外し答えた。
「そんなことありません、あっいやない事もないです、あっ……」
「お前わかりやすいな、美希に手を出すなよ」
「そんなことしません」
東條さんは顔を赤くして答えた。
しばらくして彼の退院が決まった、そしてマンションに戻ってきた。
「やっぱりうちがいいな」
「まだ少しの間傷口痛むとのことですから、無理しないでください」
「大丈夫だ、早く復帰しないと仕事山積みだな」
「それからあいつのことだが、美希をテレビで見て、十年前と変わらず綺麗と感じて、急に手放したことが惜しくなり、復縁を迫った、しかし相手にされず、自分のものにならないのなら、一緒に死のうって思ったらしいぞ」
「そうですか」
「仕事が上手くいかなくて、途方に暮れていたらしい、美希は悪くない、もう考えるな、いいな」
「はい」
「明日から仕事復帰するぞ」
「えっ、大丈夫なんですか」
「もう大丈夫だ」
もっと一緒に居られるかと思ったのに……
心の思いが表情に出てしまった。
「何だ、心配はいらない」
「でも……」
「美希はわかりやすいな」
そう言って彼は笑った。
「今度の休みにまた出かける、それで勘弁しろ」
「わかりました」
彼は翌日から仕事復帰した。
相変わらず私達はキスして抱きしめて腕枕して貰いくっついて眠る、そんな関係が続いた。
ある日のこと、東條さんから彼に電話があった。
こんなに朝早くなんだろうと思ったが、特に気にも止めず朝食の準備をしていた。
「東條がこれから来るとのことだ」
こんなに朝早く、余程重要な話があるのかと疑問に思った。
程なくして東條さんがやって来た。
「おはようございます、朝早くからすみません」
「いいえ、東條さんお食事は?まだのようでしたら、ご一緒に如何ですか」
「ありがとうございます、でもその前に社長と打ち合わせがありますので」
そう言って彼の書斎に入っていった。
彼はイケメン若手社長で、この間会見の時、「ひと回り年上の奥様で、将来浮気などの心配はないですか」との質問があった、彼は「浮気しません」と