「い、イヤだよ、そんなの、他を当たってくれよ」
「断るのね?」
「うん」
「なら考えがあるわ」
「考え?」
「そう。今ここで大声出すから。悲鳴よ。そして、あんたにひどいことされそうになったって言いふらしてやる」
「な、な、なんてことを......。そんなことをしても無駄だよ。信じるもんか」
「そう。ならやってみる? あたしが大声を出して、あんたが捕まれば、きっと学園生活は暗黒になるわ。レイプ魔として、あんたは生きていくのよ」
 僧侶を目指しているくせに、この人はめちゃくちゃだ。
 だけど、このまま大声を出されたら結構マズい。
 直感だけどそんな気がしたんだよね。
 だから俺は――。
「わかったよ。手伝えばいいんでしょ。その代わり、あんまり期待するなよ。仏教なんてほとんど知らないんだから」
「そ。あんたはあたしのいうことを聞いてればいいのよ。助手なんだから。そうだ。あんた悩みとかない?」
「え? 悩み、なんだろ、急に言われても......」
 俺は考える。
 十五歳である俺。
 悩み多き年齢でもある。
「えっと、勉強ができないとか」
「そう、勉強ができないのが悩みなのね?」
「まぁ、そんな感じかな」
 すると、知立さんは息を整え言った。

「慶ばしいかな、心を弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶつじ)に樹(た)て、念を難思(なんじ)の法海(ほうかい)に流す」

 ???
 またわけのわからない言葉が出た。
 このギャル系の女の子は、時折ギャルが絶対に言わないような言葉を口走る。
「今なんて?」
「親鸞聖人の言葉よ。意味はわかる?」
 わかるわけない。
 日本語だというのはかろうじてわかるが......。
「ゴメン。わかんないよ」
「そうよね、あんた勉強できないっていう悩みだもんね。でも安心しなさい。今言ったのね、こういう意味なの。我欲にとらわれてばかりで、仏さまのような智慧と慈悲をそなえた眼(まなこ)はあたしたちにはないいけれど、心配しなくていいの。我執に充ちたと気づいたとき、苦海の闇で惑うあたしたちを、阿弥陀さまの願いの船が、必ずあたしを乗せて浄土へみちびいてくれるの。それはまるで、暗闇にともる灯台の灯火(あかり)のようにね」
 なんとく名言だ。
 親鸞聖人っていう人は偉い人だけに、心にしみる言葉が多いようだよ。