つまり、この世界で生きる限り、人は誰もが「苦」と付き合うことになるってわけだ。
 だからこそ、お釈迦さまは「人生は苦」と定義づけたのだろう。
 そう、人生は苦しい。
 俺も今、猛烈に苦しいよ。
 同時に、すべての人間が救われる道を説いているのが仏教なのだ。
 まぁ、けどダメだ。
 いくら仏教にすがったところで、誰も俺は救えない。
 そんな気がしたよ。

 俺は女の子と付き合った。
 それも生まれて初めてね。
 彼女ができたのだ。
 佐伯瞳ちゃん。
 結構可愛いのだ。
 俺たちは、家の方向が違うから、一緒に通学はしなかったけれど、学校では大体一緒にいたんだよね。
 例えば休み時間になると、チョコチョコとと、瞳ちゃんがやってきて、俺と一緒に話す。
 話す内容は何でもいい。
 例えば、前日のテレビドラマとか、バラエティー番組とか。
 後は本の話も結構したよ。
 瞳ちゃんは本が好きだから、色んなジャンルの本を俺に教えてくれたんだ。
 だからね、俺も本を読むようになった。
 普通、高校生が読む本だと、ラノベとかが中心かもしれない。深夜アニメとか、面白い作品が多いから、俺も読んでみたいとは思ったよ。
 事実、ラノベ系の作品を瞳ちゃんに勧められたこともある。
 けどね、俺が本当に読みたかったのは、そのような本じゃない。
 俺は、「歎異抄」を手にした。
 歎異抄について、少し紹介しているけど、鎌倉時代後期に書かれた、日本の仏教書だ。
 親鸞聖人の教えが書かれている書物だけど、作者は親鸞聖人ではない。
 弟子の唯円という人らしい。
 色んな出版社から、歎異抄は出版されている。
 だが、どこも共通して言えるのは、とにかく読みにくいということだろう。
 ラノベとは違うのだよ。
 全くね。
 だからさ、読書ほとんど初心者の俺にとっては難解な書物だったんだよね。
 それでも、俺は必死に読み進める。
 そこには、俺の求めている答えがあるような気がしたんだ。
 親鸞聖人は悪人だって救われるって言っている。
 そう、悪人も......。
 俺の中で悪人と言ったら、あの生徒会長だ。
 彼は二面性がある。
 裏の顔。
 そして表の顔。
 先生たちの前ではいい顔をしているけれど、少し暗黒面に堕ちると、あっという間に裏の顔になる。
 同時に、そんな彼を更生させようと、美沙は動いている。