俺は不審に思ったが、あえて瑞希には言わなかった。ただ、この一件は後々大きくなっていくんだけどね。
 休み時間。瑞希が俺の前にやって来た。
 俺は話したくなかったけれど、あまりに瑞希が真剣だから、顔を上げて、話を聞いた。
「どうした?」
「健君……。私の靴がないの。内履きが無くなっちゃった」
「はぁ、ちゃんと下駄箱に入れたんだよな?」
「入れたよ。私だってそこまで馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、どこに……??」
「多分、誰かが隠したんだよ」
「え?」
「健君。私ね、嫌がらせされてるみたいなの」
 瑞希の声は真剣だった。
 そして、どこかオドオドとしている。靴が隠されている。しかも、どこに行ったのかわからない。
「誰がやってるかわかるか?」
「わかんない。でも、多分恵ちゃんのグループかも……」
「橘花恵か」
 橘花恵というのは、クラスの中心的な人物で、アイドルみたいなやつだ。ルックスがよく、男子からも人気がある。だが、性格がねじ曲がっているという噂が流れているのだ。
 学術的に言えば、スクールカースト上位に位置する存在。
 対する瑞希は、浮いているから下位の下位の存在なんだよ。その二つがぶつかり合えば、どちらに分が傾くか考えるのは簡単だよね。早い話、瑞希はイジメを受けているんだろう。なんてこった……、どうして瑞希が?
 この日を境に、瑞希へのイジメは徐々にエスカレートしていった。瑞希が挨拶しても、基本無視。そして靴はゴミ箱に捨てられ、教科書にも悪戯書きがされるようになった。それでも、瑞希は明るく振舞っていたよ。どこまで健気なんだろう。全く頭が下がるよ。
 俺はどうしていたかというと、何もできなかった。というよりも、俺に何ができるんだろう。イジメを無くすのは難しい……。人は人を虐げても、その心が痛まない。助けようとしない。もしも、イジメている人間を助ければ、いつ自分が標的になるのかわからないからだ。
 だけど。だけど、俺はイジメを受けている瑞希が不憫で仕方なかった。こいつが一体何をしたのだろう? ちょっと変わっていて、天然な所があるけれど、それだけなんだ。だけど、影の噂で、実はキャラを作っていた、男に媚びを売ってるとささやかれているのを聞いたんだ。