人づきあいが苦手っていうか、友達って結構面倒そうだし……。でもね、休み時間に話すくらいのささやかな関係ならあるんだ。ただ、そこから発展しない。休日に一緒に遊んだりするような友達はいないってわけ。
 それって寂しくない? 血気盛んな高校時代。友達と一緒に何かするのは、きっといい思い出になるだろう。それって何か青春ぽいしね。でも、俺は友達なんていらなかった。
 否、これは嘘だな……。本当は友達が欲しい。だけどね、どうしていいのかわからないんだ。友達の作り方って、本に書いてあるわけじゃないし、気づいたら友達になっているっていうのが自然な流れだろう。
 俺は、それこそ小さい時から、特定の友達がいなかった。大体一人だったんだよ。だけど、その中で唯一繋がりがあったが、瑞希ってわけ。
 俺たちは、似た者同士……。普通さ、違う性質を持った人間同士の方が上手くいくケースはあるよね。お互いの足りない部分を補い合うっていうかさ。周りの付き合っている人間も大体そうだよ。自分とは違うタイプの人間と付き合う。そっちの方が上手くいくんじゃないかな? まぁ俺の勝手な考えなんだけどね。
 いずれにしても、俺と瑞希はよく似ている。友達がいないし、勉強だってできる方じゃない。おまけにスポーツだってダメだ。部活にも入っていないから、学校が終われば家に帰るだけだ。気が向いたら勉強して、後は漫画やテレビを見て、ハイ終わり。そんな感じ。
 俺は学校の校門を出て、スタスタと早歩きで歩く。もちろん、その後に瑞希がついて来ていることは知っている。
「健君、待ってよぉ。速いよぉ」
「無理して付いてくんな。一人で帰れ!」
「嫌だよ。私は健君と一緒に居るの。だって夫婦だもん」
「俺はそう言われるのが嫌なんだけどな」
「どうして? 私は嫌じゃないよ」
「冷やかされて嬉々としているお前が理解できないよ」
「いいじゃん。仲がいいってことはイイことだよ」
「お前さ、他に友達作れよ」
「んんん。またそれを言う……。私に友達がいないこと知ってる癖にぃ」
「部活とか入れば」
「入りたい部活ないし……」
「じゃあ作れば」
「一人じゃ何もできないもん。あ、部活作ったら健君も入ってくれるよね?」
「嫌だよ。部活か怠いし」
「私もだよ。だからこれまで通りでいいじゃん。ねぇ、ちょっと駅前寄らない?」
 俺はそこで立ち止まった。
 俺たちが通う高校は、新潟市の中でも繁華街である万代の近くにある。そのため、帰りに立ち寄るような場所がたくさんあるのだ。
 新潟駅は、新潟市の玄関口と言えるだろう。それだけに、ある程度拓けている。駅前は混雑していて、俺たちのような学生や、仕事中のサラリーマン、主婦のような人たちでいっぱいになっていた。
「なぁ、駅前のどこに行くんだ?」
「う~ん、まだ決めてない……」
「決めてないのかよ。俺帰るぞ」
「ねぇ、健君はお腹空いてる?」
「まぁ空いてるけど」
 高校の昼食は十二時頃である。今午後四時過ぎだから、当然だけど、腹は減っている。俺は運動部に入っているわけではないけれど、一応食べ盛りだから、この時間帯になれば腹が減るんだよね。
「じゃあさ、何か食べない?」
「まぁいいけどさ。何を食べるの?」
「何でもいいよ。健君何が食べたい?」
「俺も何でもいいよ。駅の中にあるフードコートに行けばいいんじゃない?」
「うん。じゃあそうしよう」
 新潟駅の中には、一応飲食街みたいなところがあって、結構賑わっている。俺たちは、比較的空いていたパン屋に入って、適当にパンとコーヒーを買って、店内にある飲食スペースで座ることにした。
「座れてよかったね」
 と、瑞希が告げる。
 もう少し時間が過ぎて、夜も近くなると混雑するかもしれない。今の時間帯は、丁度空いているらしい。
「あぁ、そうだな」
 俺はカレーパンとコーヒーを買って、徐に食べ始めた。どこにでもある普通のカレーパンだ。可もなく不可もなく、そんな感じ。
 対する瑞希はクリームパンと紅茶を頼んでいた。それをリスのようにもぐもぐさせながら食べている。
「ねぇ、健君。ちょっと聞いてもイイ?」
「何だ?」
「健君って高校卒業したらどうするの?」
「進路ってこと?」
「そう」
 進路か。俺たちはまだ高校二年生。だけど、そろそろ進路を考えないとならないだろう。例えば、大学に進学するのなら、受験勉強しないとならないよね。でも、俺って何がしたいんだろう?
 特に目標があるわけではない。これまで何となく生きていて、夢ってものがあるわけじゃない。それはまぁ、小さい時はサッカー選手になりたいとか、そういうのに憧れたけれど、今はそんな感じではない。自分の能力の限界に気づき、身の丈に合った世界に飛び込もうとしている。
 だけど、その世界ってどこだろう? 大学か? 専門学校か? あるいは就職か……。
 まぁ俺たちの年代だと、大体は大学か専門学校に進学する。それが当たり前になっている。高卒で就職する人間は、結構稀なんだよね。それでも、全くゼロってわけじゃないんだけど。
「俺は決めてないよ。瑞希は決めてるのか?」
「私も決めてない……。でも、大学に進学するかな」
「大学か。それって県外?」
「うん。一人暮らしとかしてみたいし」
 新潟の大学になると、有名なのは国立大学である新潟大学。だけど、俺の成績では新大は難しいだろう。それ以外にも県内にはいくつか大学があるが、行きたいところがあるかというと、そうではない。
 折角大学に進学するのなら、県外に出て一人暮らしがしたいという目標もある。まぁ、漠然としてるんだけどね。
「瑞希が一人暮らしか……。意外だよ」
「そうかな。でも、高校を卒業したら別々の道になっちゃうかもね」
「そうだな」
「寂しい?」
「は? 何でだよ。全然寂しくないよ」
「ホントに?」
「ホントだよ。今までがおかしいんだよ。いくら幼馴染でも、幼稚園から高校まで一緒っていうのは、結構珍しいと思うし」
「そうだよね。私たち、幼稚園から一緒なんだもんね。凄いよホントに……」
 色んな思い出が蘇る。幼稚園の頃は、それこそ一緒にお風呂にだって入っていたんだぜ。
「瑞希は行きたい大学とかあるのか?」
「う~ん、私馬鹿だから。あんまり有名な大学には行けないと思うよ……」
「それは俺もそうだよ。第一、俺たちの高校って進学校ってわけじゃないじゃん」
「そうだよね。多分、馬鹿大学に進学すると思うよ……」
「俺も似たような感じかな。特にやりたいこととかないし」
「やりたいこと……、それって難しいよね。私も何をしたいのかよくわからないし」
「まぁ、なるようになるよ。大学に行って勉強していくうちに、やりたいことに出会えるかもしれないし」
「うん」
「今から心配しても仕方ないよ。大学に進学したら、友達くらい作れよな」
「そうだね。私たち、なんで友達がいないんだろうね?」
 友達がいない理由。
 俺はわかっている。俺は人付き合いが苦手だ。それに、率先して友達を作ろうしなかった。だから当然だけど友達がいないんだよね。じゃあ、瑞希はどうなんだろう? 彼女は少し変わっている。だから周りから少し浮いていて、友達ができないのかもしれない。
「たぶん、それだよ」
 俺は瑞希の手元を指さした。
 瑞希はクリームパンを紅茶にどっぷりと付けて食べている。こんな食べ方をする人間はあまりいないよね。多分瑞希くらいだ。
「お前さ、何でパンを紅茶に付けてるの?」
「パンってパサパサでしょ? 水分を含んだ方が食べやすくて」
「そういう変わったところが、友達がいない理由かもしれないぞ」
「そうかな?」
「多分。あまりに人と違っていると、付き合いにくいと思うし」
「う~ん、難しいね。でも大学に行ったら友達作るよ……。大学デビューっていうのかな? エヘヘ」
「大学デビューは、いい意味の言葉じゃないぞ。まぁ頑張れよ」
「健君も友達作りなよ」
「俺か? 俺はどうだろう? わかんないや」
「長い人生なんだから、友達がいた方がイイよ」
「考えとくよ……」
 友達か。難しい問題だ。でもさ、学生時代の友達が、そのまま社会人になっても友達とは限らない。働くようになったら、きっと遊んではいられないだろうし。
 俺の両親は、未だに現役で働いているけれど、休みの日に友達とどこかに行くってことはない。夫婦で出かけることはあるみたいだけど、昔の友達とは全く会わないのだ。つまり、友達とは、ずっと友達ではいられないってこと。まぁ、勝手な俺の考えだけどね。
 仕事が忙しくなれば友人関係は希薄になる。どんどん薄まっていって、関係性は拙くなってしまう。俺はそんな風に思ってる。そして、そんな関係性ならば、あえて作る必要はないだろう。
 そもそも、俺は友達がいなくて、困ったっていう経験はあまりない。強いて言えば、中学時代の修学旅行で、自由時間に一緒に居る人間がいなくて、寂しい思いをしたくらいだ。だけど、それさえもどうでもいい。友達なんていらないだろ? 全く……。
「なぁ、瑞希は友達が欲しいのか?」
 と、俺は尋ねる。
 すると、瑞希は目を大きく見開いて、その質問に答えた。
「うん。欲しい……かな。私、ずっと一人だし。ううん、でも健君がいるから、一人じゃないかな」
「俺は友達なのか?」
「え? そ、それはその……、健君はね……、あのね……。もっと、大切な……」
 急に口をもごもごとさせる瑞希。
 こいつはどこかはっきりしないところがある。それに、俺を友達だと勝手に思っているみたいだ。俺は、お前を友達とは思っていないぞ。ただの幼馴染だよ。
「まぁ、イイや。とにかく大学にいって頑張るんだな」
「うん。そうしたい。そうだ、一緒の大学目指す?」
「なんでだよ? 大学って自分が学びたいところに行くべきだろ? 一緒なんて嫌だよ」
「えぇぇぇー。どうしてぇ? 今までずっと一緒だったじゃん」
「今までが奇跡なんだよ。これからは違う」
「そうかもしれないけどぉ、健君は行きたい大学とかないんでしょ。なら一緒の大学目指してもイイじゃん」
「だからさ、俺に付き合うのは止めろよ。さっさと大学に行って友達を作れ」
 俺はそう言い、パンを全部食べた。
 話は終わりだ。だけど、こいつといる時間っていうのは、俺にとってかけがえのないものなんだ。嫌々言っている割に、俺はこの時間を気に入っている。まぁ、口に出しては言わないけれどね。

 翌日――。
 いつも通り学校へ向かう。
 俺は一人で登校したいんだけど、俺の家の前でいつも瑞希が待っている。だから、結局一緒に行く羽目になる。全く、恥ずかしいったらありゃしないよ。
「健君、おはよう」
「んん、おはよ」
「よく眠れた?」
「普通」
「学校行くの面倒だね? 今日は嫌いな体育があるよ」
「そ」
「そ、ってそれだけ? もっと会話しようよ」
「まぁいいけどさ……」
 また、一緒に登校すれば、冷やかされるに決まってる。それが嫌っていうか、俺の気分を鬱屈とさせるんだよね。
 学校に着き、外履きから内履きに履き替える。いつもと同じだ。だけど、瑞希の奴が、いつまで経っても来なかった。どうしたんだろう?
「おい、瑞希、何してんだ? 俺先に行くぞ」
 すると、瑞希は少し慌てながら、
「う、うん、先に行ってて、私は後で行くから……」
 この瑞希の変化の答えは直ぐに判明する。
 俺が教室で一人朝の慌ただしい時間を過ごしていると、そこに送れて瑞希がやって来た。しかし、どういうわけかスリッパを履いている。そして、その姿を見て、笑う女子の姿がチラリ。
(瑞希の奴。なんでスリッパ履いてるんだよ)
 俺は不審に思ったが、あえて瑞希には言わなかった。ただ、この一件は後々大きくなっていくんだけどね。
 休み時間。瑞希が俺の前にやって来た。
 俺は話したくなかったけれど、あまりに瑞希が真剣だから、顔を上げて、話を聞いた。
「どうした?」
「健君……。私の靴がないの。内履きが無くなっちゃった」
「はぁ、ちゃんと下駄箱に入れたんだよな?」
「入れたよ。私だってそこまで馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、どこに……??」
「多分、誰かが隠したんだよ」
「え?」
「健君。私ね、嫌がらせされてるみたいなの」
 瑞希の声は真剣だった。
 そして、どこかオドオドとしている。靴が隠されている。しかも、どこに行ったのかわからない。
「誰がやってるかわかるか?」
「わかんない。でも、多分恵ちゃんのグループかも……」
「橘花恵か」
 橘花恵というのは、クラスの中心的な人物で、アイドルみたいなやつだ。ルックスがよく、男子からも人気がある。だが、性格がねじ曲がっているという噂が流れているのだ。
 学術的に言えば、スクールカースト上位に位置する存在。
 対する瑞希は、浮いているから下位の下位の存在なんだよ。その二つがぶつかり合えば、どちらに分が傾くか考えるのは簡単だよね。早い話、瑞希はイジメを受けているんだろう。なんてこった……、どうして瑞希が?
 この日を境に、瑞希へのイジメは徐々にエスカレートしていった。瑞希が挨拶しても、基本無視。そして靴はゴミ箱に捨てられ、教科書にも悪戯書きがされるようになった。それでも、瑞希は明るく振舞っていたよ。どこまで健気なんだろう。全く頭が下がるよ。
 俺はどうしていたかというと、何もできなかった。というよりも、俺に何ができるんだろう。イジメを無くすのは難しい……。人は人を虐げても、その心が痛まない。助けようとしない。もしも、イジメている人間を助ければ、いつ自分が標的になるのかわからないからだ。
 だけど。だけど、俺はイジメを受けている瑞希が不憫で仕方なかった。こいつが一体何をしたのだろう? ちょっと変わっていて、天然な所があるけれど、それだけなんだ。だけど、影の噂で、実はキャラを作っていた、男に媚びを売ってるとささやかれているのを聞いたんだ。
 これは全くの出鱈目だ。瑞希は男に媚びを売るような人間ではないよ。そんな器用なことができるなら、今頃友達だっていただろうし、イジメだって受けていないかもしれない。なのに、彼女はイジメの標的になっている。
 こんな時、俺はどうすればいいんだろう?
 瑞希は、俺に話しかけて、俺に被害が及ばないように、あまり俺に話してこなくなった。何とかしてやりたい。俺はそう思っていたんだけど、どうしていいのかわからなかったんだ。俺自身も辛かった。同時に、俺は瑞希への想いに気が付き始めていた。
 俺は、心のどこかで瑞希を求めている。但し、それがあまりに近すぎて、よくわからなくなっていたんだよ。
 でもね、瑞希がイジメられるようになって、距離を置かれた時、初めて瑞希の大切さに気付いたんだ。
 瑞希を救う。できるのならそうしたい。だけど、俺には何もできない。俺だってスクールカーストの下位の存在なんだ。そんな俺が声を出しても、誰も協力しない。むしろ、俺も無視されるだろう。
 無視? 上等だ。
 靴を隠す? 問題ない。
 俺には友達がいない。だから、イジメられたって全く問題ないはずなんだ。なら、俺にだって瑞希を救うことができるかもしれない。
 ある日の昼休み、俺は屋上に瑞希を呼び出した。瑞希は相変わらずイジメを受けていた。でも、一人そのイジメと懸命に戦っていたんだよね。そして、俺もそれを救いたくなったんだよ。
「瑞希。辛くないのか?」
「辛い? 何が?」
「だってお前、イジメられてるんだぞ」
「うん。そうだね」
「先生に言ったのか?」
「言っても無駄だよ。でもいいんだ」
「いいってどうして?」
「私には健君がいるから」
「俺が? でも俺は何もできない。お前が苦しんでるのに、助けてやれない」
「健君は今まで通りでいいんだよ。とりあえず学校にいる時は離れていよ。家に帰ったら一緒に居ればいいよ。学校でも一緒にいると、健君もイジメられるかもしれないし」
「俺は別……。ただ、お前を見てるのが辛くて」
「健君は優しんだね。その気持ちだけで嬉しいよ」
「瑞希……」
 俺はその昔、瑞希にこんなことを言ったんだ。
『お前を守ってやるからな!』
 これは確か、幼稚園の時だったと思う。
 いつも泣いていた瑞希に対して、俺が言った言葉だ。この記憶を俺は今でも思い出せる。
 幼い頃の俺は、あいつに約束したんだ。守るって。なのに、それができない。なんて情けないんだろう。本当に自分が嫌になるよ。俺は、瑞希を大切だと思っている。だからこそ、こんなにも悲しいんだ。
 例えば、俺が瑞希を何とも思っていないのなら、彼女がイジメられているのをみても、きっと心は痛まない。あぁ、不幸だな。くらいしか考えないよね。でも、違うんだ。瑞希が堪らなく不憫だ。本当に可哀想だ。彼女が一体何をしたというのだろう?
 イジメのきっかけなんて、本当に些細なものなんだ。多分、瑞希がイジメられるようになった理由だって、そんな大きなものじゃない。あいつはかなり天然だから、そういうところが、人を嫌な気分にさせたかもしれない。でも、それって仕方ないよね。どの世界にもイジメっていうものはある。無くならないんだ。人が人である限り。
 放課後――。
 俺は瑞希と一緒に帰った。それくらいしか、できることがなかったんだよね。
 校門を出ると、瑞希は俺に向かって言った。
「健君。遊びに行こう」
「遊ぶってどこに?」
「どこでもいいよ。気分転換できる場所がいいな」
「とりあえず、駅前行くか。そして決めよう」
「うん」
 俺たちは、二人で駅前に向かう。夕暮れの新潟駅は、結構混雑していて、俺の気分を鬱屈とさせた。新潟は、地方都市だけど、かなりの人がいる。これが東京とか都心になったら、それこそ何十倍以上の人がいるんだろう。
 それだけの人間がこの国で生きている。それぞれの生活を送っている。それはわかっている。何となくだけど、俺はその中でも、結構不幸な部類に入るのではないかと思えたんだ。瑞希がイジメられるようになって、俺は、少しずつ世の中を憎むようになったってわけ。
「健君、カラオケ行かない?」
「カラオケ? あんまりキャラじゃないな。俺、歌下手だし」
「私も下手だよ。いいじゃん、たまには行ってみようよ」
「まぁ、お前が言うなら」
 この時、俺は瑞希の願いは叶えてあげたかったんだよね。だからさ、カラオケに行くのを承諾したんだよ。本当は嫌だけど、瑞希の喜ぶ顔が見られるのなら、それでいいと思えたんだ。
 新潟駅の前にはいくつかのカラオケがある。俺たちは、飲食店が立ち並ぶビルの中に入っている、ジョイサウンドというカラオケに入った。
 平日の夕方だったけれど、かなり混んでいるようで、俺たちは少し待った。二人共、会員ではなかったから。会員証を作って会員価格でカラオケを楽しむ。ジュースなんかは飲み放題のようであった。
 個室に案内されると、瑞希はソファに座り、ガクッと項垂れた。本当に消耗しているように見えるよ。
「瑞希、大丈夫か?」
 心配になった俺は、そう声をかける。
「うん。大丈夫。ねぇ健君、学校が終わったら、いつも遊んでくれる?」
「え?」
「学校では私に話しかけないでいいよ、その代わり、学校が終わったら相手して欲しいの」
「学校で話すなって、お前、それでいいのか?」
「だって、私に話しかけると、健君も無視されるかもしれないよ」
「俺は大丈夫だよ」
「私、嫌だよ。健君が無視されるの見るの」
 俺はそこまで聞いていたたまれなくなったよ。瑞希が一番辛いんだ。だって、イジメを受けて無視されているのは彼女だから。だけど、こいつは自分の心配じゃなくて、俺の心配をしてるんだよ。俺が無視されないように、自分に話しかけるなと言ってる。
 それって凄いことだよね。俺にはできそうにない。
「学校が終わったら付き合ってやるよ」
「ホント?」
「ホントだ。でも、大丈夫か? 辛くないのか?」
「辛いよ。でも、放課後になって健君と一緒に居られるって思えれば大丈夫だよ。元気になれるもん」
「どうして? 俺なんて何もできないのに。俺はお前の幼馴染だ。だけど、そんな幼馴染が困っているのに、助けられない。それが堪らなく悔しい」
「私、ちょっと嬉しいよ」
「嬉しい? なんでだよ??」
「だって、私がイジメられるようになって、健君が真剣になって私の相手をしてくれるから。今までは嫌そうだったし……。あ、今でも嫌なのかな?」
「嫌じゃないけどさ。俺、お前を助けたい」
「私を助けてくれるの?」
「助けたい……。でもさ、どうやって助けていいのかわからないんだ。ホントダメだよな、俺、ゴメンな」
「そんなことないよ。健君はこうして私の相手をしてくれる。それだけで私は嬉しいよ」
「俺でいいのか?」
「今、私の味方になってくれるのは、健君しかいないから。でもね、どんなに辛くても、健君が味方でいてくれるなら、耐えていけるんだよ」
「どうして? どうしてだよ」