「は? 止めろよ。お前騙したな。俺、帰るよ」
「いいの? そんなこと言って?」
「お前みたいな嘘つきとは付き合いたくない。瑞希だって同じだよ。友達を止めるって言うならそれでもいいよ。とにかく、俺を解放してくれ」
 俺は必死だった。
 蟻地獄にはまった昆虫になった気分だよ。
 不味い。この状況は絶対的に不味いよね。
「落ち着いて健一。ねぇ、こっちを見てよ」
「お、お前、何言ってるんだよ。とにかく帰らせてくれ」
「ダメだよ。帰っちゃ嫌だよ」
 優奈は俺をギュッと抱きしめ、離してくれない。強引に逃げるべきなんだろうか? 何なんだ、この展開は……。普通、逆だろ。男が女を襲うのは、何となくわかる。でもさ、俺は今、女の子に襲われようとしている。
「止めてくれ。俺には瑞希がいるんだ」
「瑞希なんていいじゃん。あんな子止めなよ」
「お前、そんなこと言って、友達だろ?」
「友達かもしれないけど、私は、健一がいいの。健一と一緒に居たいの……。ねぇ、私の彼氏になっちゃいなよ。瑞希なんて止めてさ」
「そんなこと、できるわけないだろ。俺は瑞希の彼氏なんだから。お前の彼氏にはなれないよ」
 優奈は胸を俺に押しつけてきた。
 ブラをしているから、やけに固い感覚が、俺の身体に伝わる。
「いい加減にしろ!」
 俺は怒鳴った。
 そして、彼女を強引に振り払う。そのまま、俺は部屋を出て玄関に向かった。対する、優奈は唖然としていたよ。こいつはね、自分に絶対の自信があるんだ。だからね、男は皆自分の言いなりになると思ってる。
 でもね、俺はそんな軟な男じゃないよ。絶対に瑞希を裏切れない。それだけは、事実なんだよね。
 玄関で靴を履き、それは一気に駆け出した。幸い、優奈は追ってこなかった。俺はエレベーターを待つ時間も惜しくて、十階だというのに、階段を使って一階まで下りた。
 マンションのエントランスを出た時、どっと汗が噴き出してきたよ。やけに粘ついた、嫌な汗だった。
 もしも、あのまま優奈に流されてしまったら……。俺たちはきっと男女の関係になっていたかもしれないよね。同時に、それは瑞希に対する最大の裏切りでもある。
 俺はね、絶対に瑞希を裏切らない。高校時代に彼女を守るって誓ったんだ。その約束を反故にはできなんだよ。それよりも、瑞希に話さなくちゃ。