なのに、彼女は俺を求めている。俺に彼氏のフリをさせようとしている。不思議な奴だ。こんなことしても、全く意味がなさそうなのに。
 優奈の自宅は、港南台駅から徒歩で十分ほど離れたマンションだった。結構規模の大きなマンションであり、俺を驚かせたよ。こいつって意外とお金持ちなのかな? まぁどうでもいいけどさ。
 エントランスで鍵を開けると、自動トビラが開く。エントランスの奥には管理人室があり、管理人が常駐しているようである。なんというか、ホテルのロビーのような作りだ。俺は異空間に放り込まれたような気がしたよ。少なくとも、俺が住んでいるワンルームのアパートとは全く規模が違うんだよね。
 それにね。俺は、こんな高級なマンションに足を踏み入れたことがないよ。だからこそ、緊張はどんどん高まっていって、俺を困惑させたってわけ。
 エレベーターに乗り、目的の階まで向かう。マンションは十階建てであり、優奈の家はその最上階のようだった。
「ここが私の家」
 十階で降り、マンション内を奥まで進むと、彼女の家はあった。立派な家である。
 はぁ早く帰りたいよ。
「入って」
「お邪魔します」
 俺は言われるままに、優奈の自宅に入った。室内は、恐ろしいほど静かだったんだ。
 それにプラスして、かなりデカい。玄関も広いし、そこから広がる廊下は、広々としていた。奥の方にはリビングがあるようだったけれど、優奈は俺を自室に案内した。
 優奈の部屋は、多分、十畳くらいあるだろう。普通の俺の部屋よりも大きい。整理整頓もされており、高級そうな家具で統一されていたよ。彼女がクローゼットを開けると、たくさんの衣類がしまってあるのがみえた。
 どれだけ衣装持ちなんだ、こいつは。
「家、誰もいないのか?」
「うん」
「両親、まだ帰ってないのか」
「う~ん、多分帰ってこないよ」
「は?」
「この家にいるのは、私と健一だけ」
「ちょっと待てよ、話が違うぞ。食事をするんだろ?」
 俺は訳が分からなかった。
 同時に、何か地雷を踏んだような気分になったよ。両脚が吹き飛ばされて、地面をのたうち回っている。そんな感覚。
 次の瞬間、優奈が意外な行動をとったんだ。
 なんと、俺に抱き付いてきたのである。
「お、おい、何を……」
「健一、離さないよ」
「何を言ってるんだ。お前正気か?」
「正気だよ。ねぇ、イイことしようか?」