「え、したよ。瑞希ならいいって言ったよ?」
「え? そうなの……」
 それは意外な言葉だった。
 先日、八景島シーパラダイスに行った時は、瑞希はそんなことを一言も言っていなかった。むしろ、俺が優奈とお茶したから不機嫌になっていたくらいだ。
「瑞希の承諾は得てるの。だから何も心配いらないわ」
「だけど……、俺、自信ないよ」
「大丈夫だって。ただ頷いていればいいだけだから」
「で、いつするんだ? その彼氏のフリは?」
「う~んとね、今日とかどう?」
「今日? マジで言ってるのか? 俺、心の準備が」
「こういうのは早い方がいいのよ。ほら、行くわよ、健一。ちゃんと役目を果たしたら、私は今まで通り瑞希の友達でいてあげるから」
 俺は渋々同意した。
 本当は避けたかった。逃げ出したかった。
 でもさ、瑞希が友達だと持っている優奈が、彼女から離れていって、瑞希が悲しむのを見たくなかった。それに、瑞希が同意している。それならば、優奈に協力してもいいんじゃないか? そんな風に感じたってわけ。全く、やれやれだよね。本当に溜息しか出ないよ。
「わかったよ。手伝ってやる。但し、一度だけだぞ。今回だけだ。それでもいいな?」
「大丈夫だって。今回だけでいいから」
 優奈は嬉々として言った。
 何となく、表情が蠱惑的に見えたけれど、俺は同意するしかなかった。あぁ、早く終わって欲しいよ。すべてが終わって、また瑞希と一緒に過ごしたい。なぁに、大丈夫だろう。ただ食事をするだけだ。それくらいなら俺にだってできるはずさ。
 でもね、この考えはかなり甘かったんだ。俺は、ずぶずぶと泥沼に吸い込まれていった……。あぁ、全く辛いよ。
 優奈の自宅は、横浜の港南区、港南台という場所にあった。この駅は、なかなか拓けていて、金沢八景に比べると幾分か大きかった。それでも駅を離れて少し歩くと、すぐに住宅街になって、ひっそりとした雰囲気が流れ始めた。
 俺は優奈に連れられて、彼女の後に続く。一歩進む毎に、緊張が高鳴っていく。ドキドキと心臓が早鐘を打っているのだ。
 そもそもさ、何故優奈は俺に彼氏のフリなんてさせたいんだろう? それが不可解だよね。いくら両親が恋人を連れて来いって言ったとしても、そんな付け焼刃の偽装彼氏じゃ、すぐに頭打ちになるだろう。