「橘花は死んだ。俺、動揺してるんだ。俺さ、昨日瑞希と別れた後、あいつに会ったんだ。その時は、普通に元気だったよ。それが、死んじまったんだ。お前だって、動揺しているんじゃないのか?」
「動揺なんてしないよ。私は普通。むしろ、健君を邪魔する人間がいなくなって、清々するくらいだよ」
 瑞希が橘花を恨む気持ちはわかる。
 何しろ、無視されて、教科書に悪戯書きされて、さらに変な噂まで流されたんだ。恨むのは仕方ないかもしれない。だけどさ、ここまであっさりとしていると、何というか、人間味を感じられないんだよ。
 普通、動揺するだろ? おいおい、それとも、俺がおかしいのか? 俺だって彼女に虐げられていた。正直辛かったよ。でも、流石に死んでほしいとは思わなかったよね。だけど、橘花は死んでしまった。俺はそこで、不穏な力が働いているような気がしたよ。
 得体のしれない大きな力。それは俺たちを優しく取り囲んでいるけれど、そこに飛びつく人間には、凶悪な牙を剥く。そして、容赦なく襲い掛かる。
 そんな気がしたよ。同時にゾッとする。
「健君、大丈夫だよ。私がいるからね」
 と、瑞希は告げる。
 顔は普通だ。むしろ、笑っているように思える。
 ええと、確か通夜は明日の晩と言っていた。クラスメイトが亡くなったら、普通クラスメイトはお線香くらいあげるだろう。多分、俺も葬儀に参列するはずだ。恐らく、瑞希だって。
「通夜は明日だ。行かないと」
「うん。そうだね。私も行くよ」
「どうして? どうして、お前はそんなに普通なんだ」
「普通かな? おかしいのは健君だよ。だってさ、恵ちゃんは私たちをイジメて喜んでいたんだよ。そりゃ、健君が好きだったかもしれないけれど、好きな人をイジメて喜ぶのって絶対に普通じゃない。つまりね、神さまはみていたの。そして、私たちに味方してくれた。そう考えようよ。これで辛い学校生活から解放されるかもしれないよ」
「まぁそうかもしれないけれど……」
 俺は、正直に納得できなかった。
 なぜ、彼女は死んだのか? 担任教師の話では、トラックに轢かれたらしい。普通、トラックに轢かれれば即死だろう。でも、どういう状況でトラックに轢かれたんだろう? まさか、飛び込んだってことは……?
 そこまで考えると、俺は怖くなる。
 もしも、彼女の死が事故死ではなく、自殺だったら……。