俺たちは、夕暮れのマリンピア日本海を後にした――。

　マリンピア日本海からバスで新潟駅まで戻り、俺たちはそれぞれの家に帰った。瑞希と俺の家は近いから、俺が瑞希を送っていき、その後、自分の家に帰るつもりだった。そのつもりだったんだけど、俺の前に、意外な人物が現れる。それは、イジメの張本人、橘花恵だったんだよね。
　日が沈み、辺りは薄暗くなっている。橘花は、ギュッと握りこぶしを作って俺を見つめている。
「橘花。どうしてここに」
「聞いたの。桐生君の家」
「誰に？」
「誰でもいいでしょ。今日も瑞希とどっか行ってたんだ」
「お前に関係ないだろ」
「どうして？　どうして瑞希なの」
　彼女は念仏を唱えるみたいに、呟いた。何というか、ちょっと怖いよね。
「俺は瑞希が好きなんだ。だから一緒に居る。お前が俺たちをイジメたって、俺たちは離れない」
「私も見てよ……。瑞希ばっかりじゃなくて」
　そう言い、彼女は俺の胸に飛び込んできた。
　あまりの展開に、俺は言葉を失ったよ。人は突発的な出来事を迎えると、動けなくなってしまう。俺も動けなかった。そして、何が起きているのか理解できなかったんだ。
　……。暫し時間が流れる。そこで、ようやく俺は全てを理解した。橘花が俺を抱きしめている。胸に飛び込んできているのだ。
　おいおい、冗談だろ！　止めてくれよ。
　俺はようやく言葉を絞り出す。
「橘花、ゴメン、俺はお前の気持ちに応えられない」
「どうして？　何が不満なの？　瑞希よりも私の方がいいよ。好きなことなんでもさせてあげるよ。そうだ、一緒にどっか行かない？　きっと楽しいよ」
「……止めろよ……」
「恥ずかしがってるの？　大丈夫だよ。桐生君、大丈夫だから」
　俺は、力を振り絞って、橘花は振り切った。彼女は「きゃぁ」と声を上げて、後ろに飛び退いた。心臓の鼓動が高鳴る。ドキドキとしているよ。一体、この女は何を考えてる？
「止めろよ。俺はお前の気持ちに応えられない。だからもうそっとしておいてくれ」
「どうして……、どうしてそんなこと言うの？」
「どうしてって、俺は……、俺はさ、瑞希と付き合ってる。だから、彼女を裏切れない」
　俺は言い放つ。
　すると、橘花は目に涙を浮かべ、ポロポロと泣き始めた。何でだよ？　泣きたいのは俺の方なのに……。