瑞希の顔は真剣だ。
 いつもはオドオドしたところがあるのに、今日は肉食獣みたいな顔を浮かべている。
「健君、行こう」
 と、ぼそりと瑞希は言った。
 その声は、凄くかぼそかったけれど、何というか強い力があると感じたんだよね。
「あ、あぁ……」
「ちょっと待ちなさい。桐生君、話は終わってないわよ」
 と、俺の制服の裾口を、橘花が掴んだ。
「橘花さん……。お、俺」
「私なら、瑞希を救えるのよ。わかってるの?」
 その言葉を聞いた瑞希が反応する。
「恵ちゃん。別にいいよ。私、イジメられても……」
「え?」
「私をイジメてもいい。でも健君だけは渡さないから」
「み、瑞希、あんた誰に向かって……」
 わなわなと震える橘花。しかし、瑞希も負けていない。俺の手を掴むと、強引に自分の元に引き寄せた。その瞬間、橘花の手が俺の制服から離れた。彼女は最後、目を真っ赤にさせながら、
「いいのね。どうなっても知らないから」
 そう言い、彼女は俺たちの前から消えていった。
 瑞希は緊張していたのか、橘花がいなくなると、急に震え始めた。
「瑞希、大丈夫か?」
「大丈夫。健君、恵ちゃんの言うこと聞いちゃダメだよ」
「あぁ、わかってる。でもさ、瑞希を救ってくれるっていうから」
「そんなの嘘だよ。恵ちゃん、健君が好きなんだと思う」
「そんなことは」
「ううん。いいの。でもね、健君は私のものだから。ずっと私のそばに居てくれるよね」
 彼女の目は潤んでいた。こんな目で見つめられると、俺はいたたまれなくなってしまうよ。
「もちろんだよ。でも、参ったな。多分、あいつもっとイジメてくるぜ。腹いせにさ」
「大丈夫。私には健君がいるから。健君さえそばに居てくれれば、私は大丈夫だから。心配しないで」
「あ、あぁ……」
 俺はそう言ったけれど、内心は不安でしかなかったよ。これ以上、イジメが激しくなったら、瑞希はどうなってしまうのか? あまりに辛すぎて、死んでしまうのではないか? そんな風に思えたんだ。
 事実、その日を境にイジメは激烈になっていった。表立ってイジメるわけではないけれど、瑞希に対する心無い噂が流れるようになったのだ。