About a girl

 周りの視線なんか気にならない。ここは、俺たちだけの世界。二人だけの時間が、刻一刻と流れていく。貴重な時間。だけど、俺はその全てを捧げて彼女を抱きしめたかった。
 瑞希は、微かに震えていた。
 怖いのだろう。
 死ぬのが……。
 消えるのが……。
 その悲痛な痛みを知り、俺はただギュッと彼女を抱きしめる。それしか、俺にはできないような気がした。
「瑞希……、大丈夫だ。俺がいるから」
「健君、消えたくないよ……」
「大丈夫だから……」
 瑞希はしくしく泣き始めた。
 最早、言葉ではどうしようもない。
 俺たちは愛し合っている。ここから先は、愛の力が有無を言う。そうだろう!? 愛しているから、俺は瑞希のそばに居るんだ。瑞希だって、俺を愛しているからこそ、本心を語ってくれたんだよ。
 どれくらいだろう?
 俺たちは、売店があるロビーで抱き合っていた。やがて、瑞希は落ち着き、俺に向かってこう言った。
「健君。お手洗い行ってくる」
「あぁ、わかった」
 俺は瑞希を見送った。
 同時に、これが瑞希を見た最期だったんだ。

 俺が異変に気づいたのは、瑞希がトイレに消えてから十五分ほど経ってからだった。化粧とかを直すこともあり、女性のお手洗いは結構長い傾向がある。
 にしても、長すぎる……。
 長すぎるよ……。
 そして、いくら待っても瑞希は出てこない。
 俺は、瑞希の携帯に連絡してみた。それなのに、何の反応もない。やがて、時刻は四時を過ぎる。このままでは役所に行けない。
 というよりも、婚姻届けは瑞希が持っているから、彼女がいないと提出できないのだ。正直、俺は焦ったよ。どうしていいのかわからなかった。
 とりあえず、マリンピア日本海のスタッフに聞いて、女子トイレを調べてもらった。そうすると、トイレには誰もいなかったんだ。つまり、瑞希は消えてしまった。
 一体なぜ?
 瑞希、どこに行った?
 瑞希は今日消滅する。それなのに、最後、俺の前から消えてしまったんだ。何度連絡しても全く反応はない。正直、途方に暮れあよ。あまりに突然すぎる別れで、心が付いて行かなかった。
 だけど、そんな中、一通のメッセージが俺の携帯電話に届く。
 それは、瑞希からだったんだ。

『健君へ
 私の勝手を許してね。健君のそばに居るとどうしても悲しくなっちゃって、自分をコントロールできないの。