がたんと、音を立ててテーブルが揺れる。

 顔を上げると、斜め向かいに座る倉吉先輩はシャーペンをテーブルの上に放り、ぐいっと体を伸ばしていた。恐らく、先程の音は彼の足がテーブルの足に当たった音だろう。

 倉吉先輩はそのままパイプ椅子の背もたれに体を預け、室内の壁時計を一瞥する。

「もう一時間も過ぎてたのか。そりゃあ集中力も切れるわけだ」

 そう言ってもう一度両腕を上げて体を伸ばすと、テーブルに手を乗せて立ち上がった。途端に倉吉先輩を見上げる形となり、改めて百七十センチはあるであろう彼と自分の身長差を実感する。

「息抜きに自販機行ってくる。ミャオは?」

「あ、私も行きたいです」

 急いで鞄を手繰り寄せ、その中に腕を突っ込む。「急がなくていいぞ」と倉吉先輩の気遣う声が後ろから聞こえてきたが、先輩を待たせるわけにはいかない。鞄の底に沈んでいた財布をふんだくるように掴み取り、引き戸を開けた先で待っている倉吉先輩に駆け寄った。


 昼間とは異なり、茜色の廊下には趣のある雰囲気が漂っていた。さすがに倉吉先輩の隣に並ぶ勇気は出せず、私は数歩分の間を空けた後ろを歩く。一定の距離間がそれ以上開いていかないのは、倉吉先輩が歩く速度を落としてくれているからだとわかった。

 目の前で赤いマフラーの両端が猫の尻尾のように揺れ、私は頬の緩みを感じながら倉吉先輩の背中を追いかける。

 東校舎一階の渡り廊下にある自動販売機に着き、その脇で烏龍茶のペットボトルを空けて少量口に含む。その横で缶コーヒーを飲んでいた倉吉先輩は、何気ない口調で話を切り出した。

「執筆は順調か?」

「まぁ……ぼちぼちって感じですかね」

「ははっ、ぼちぼちか。書けるうちに書いておけよ。スランプに入ると結構辛いから」

 倉吉先輩にもそんな経験があるのだろうか。彼は遠くの群青色に染まりつつある空を見つめながら缶コーヒーに口をつけて、ごくりと喉仏を揺らす。

「童話がモチーフの話だっけ?」

「はい。人魚姫を題材に、悲哀で終わるラストを二人が幸せに結ばれるハッピーエンドに変えられないかなって」

「ふーん」

 倉吉先輩の相槌は素っ気ないものではあったが、その表情は詩を書いている時と同じ凛々しいものだった。

 真剣に話を聞いてくれているのが伝わってきたからだろうか。

 私は冷たいコンクリートの壁に寄り掛かりながら、気がつけば誰にも言っていない創作の悩みを打ち明けていた。

「小説を書くのって、難しいんですね。主人公の感情をどこまで描写していいのかがわからなくて。王子様に再会できて〝嬉しい〟、けど王子様は自分が助けたことに気がついていなくて〝悲しい〟。そういうのを細かく書き過ぎると、読者にくどいって思われそうで……」

「あ、わかる。あえて真相を伏せて書くのも一つの手だけど、でもそれって、読者がちゃんと正しく受け取ってくれてるか不安になるんだよな」

「倉吉先輩もそうなんですか?」

 うんうんと頷く倉吉先輩に、私は首を傾げて問いかける。すると、彼は吹き出すように笑った。